応援される体質になろう

現代人は四六時中なにかと忙しい。ひと昔前まではバスの待ち時間などで10分程度なら何もせずとも良かったが、今は片手に収まるスマホひとつで〝スキマ時間〟でも気になるコンテンツを眺めたり、Google検索で調べものをしたりしてる。昔から『貧乏暇なし』と忙しいひとを揶揄していたが、もはや暇があれば誰しもがスマホで何かをしている時代だ。

ぼくはといえば、ランチ営業の忙しさのピークを過ぎた〝スキマ時間〟にはなるべくお店の外に出て『ひとに会う』ようにしてます。仮にも店長が仕事中にお店を空けるとは不真面目だと言われてしまいそうですが、スタッフにお店を任せられない〝仕組み〟の方が実際問題マズイよね。

『他者目線』で考えた時に、

例えばランチタイムに『あのひとのいる』お店に行こうかな?と相手に思い出してもらうのに必要な〝キッカケ〟とは一体なんでしょう??

お店を切り盛りしている人間なら、会いに来てくれることがイコールお店の『売上』に直結するのでとても気になるかと思いますが、〝お金の話し〟は一旦頭から切り離して下さい。なぜなら、ひとは『損得勘定』だけではなくその時の〝感情〟で行動する生き物だからです。

どっちが『儲かる』かではなく、

どっちが〝楽しそう〟かで選ぶこと。

いつだって【本質】とはシンプルだ。

ちょっとだけ考えてもみてください。誰かとこれから『信頼関係』を築こうとしてるのにまず〝お金〟が頭にチラついてるひとと仲良くなりたいと思えますか??

誰かに『応援されたい』のなら、先ずは自分から誰かを応援できる〝体質〟に是非なりたいものですよね。そして想いは『行動』で示さなければ相手には1ミリも伝わりません。

世の中の大体の事柄は〝等価交換〟で成り立っているが、こっちから何も差し出さないのに自分〝だけ〟は与えられたいなんて、ちょっと虫がいい考え方かとぼくは思う。

それでも『ぼくは(私は)◯◯さんに〜〜してあげたのに、◯◯さんは何もしてくれない』とか考えるのは一番やってはダメなパターンですけど(笑)

ただその時の状況をシンプルに〝楽しむ〟ことが重要であり忙しい合間に時間を作ってお店を抜け出してきて良かったと思える『瞬間』でもある。

これからはAI(人口知能)や作業ロボットが普及して、いま人間がしている仕事を『代替え』すると予測されていますが、まあ当然の流れかと思います。だって〝効率化〟だけを目指すなら人間より機械の方が向いてるに決まっているから。

先日は〝発注ミス〟からお刺身を盛り付ける際に使う『大根ツマ』を切らしてしまい手作業で作ったのですが、これだって普段は袋詰めされた既製品を使っている。

なぜなら柳刃包丁一本で大根をまるで紙みたいに薄くむく桂剥き(かつらむき)や均等に打っていく作業には一朝一夕では決して身に付かない『技術』が必要であり、つまりは〝効率的〟ではないからだ。

そんな『技術』がお金と等価交換される時代はとっくに終わってるけど、逆に〝非効率〟なのが時にひとの興味や関心を集めたりするのもまた事実ですね。

ぼくみたいに〝The板前さん〟とはかけ離れたイメージや見た目の人間が器用に包丁だけで『大根ツマ』を作れば、その〝ギャップ〟からひとに褒められたり驚かれたりします(笑)

繰り返しになりますが、ひとは『損得勘定』だけでなく〝感情〟で意思決定をする性質があると仮定するのなら、

自分の中に敢えて〝ギャップ〟を作り、ひとに『ツッコミ』を入れてもらえる〝余白〟を残すのも応援される〝体質〟になる為には有効な手段かもしれません。(←すべて計算づくなのが腹黒い)

似たような商品・サービスが世の中に溢れているのなら、どこで『差別化』を計ればいいのか誰だって考えると思いますけど、そもそも〝あなた自身〟がこの世界にたったひとりしかいないという『代替え不可な価値』を持っているのだから〝そこ〟で推していけばいい。

〝モノ消費〟はストーリー性がなければ、

『売れない時代』

に突入したのを逆手に取ればいい。これまでの大量生産・大量消費から成る『マス』の規模から〝ニッチなファン〟を持つプレイヤーが正当な評価をされるのは喜ばしいことだ。

そんな自分のファンになって頂くためには、やっぱ相手の立場に立って考えられる〝想像力〟が必須ですよね。

子供の頃に誰もが『道徳の授業』で教わった

〝自分がされて嫌なことはひとにしない〟

そんな当たり前の価値観を根幹に

『自分がひとにして貰ったら嬉しいことをひとにもする』

〝だけ〟かと思います。営利目的でお客さまに急接近するのでなく、SNSを通してお互いを知り緩やかに『関係性』を構築する。ハッキリ言って職場のタイムカードを押したら今日はおしまいって単純な業務以外で〝動けるのか?〟で明暗がくっきりと別れます。

ぼくの好きなボクシング青春マンガ『はじめの一歩』に登場する鴨川ジムの会長もこう言っとりますね。もうね、〝応援(成功)〟されたければやっぱり地道にひとより『努力』するしかないワケなんですよ。

そして、人気マンガの一コマをブログに許可なく勝手に載せて〝著作権〟で引っかからないか??いまちょっとだけドキドキしてるぜっ!(突然の『ぜっ』)

人生はチョコレートの箱のようなもの

ひとは誰しも自分の中でとても大切にしている〝価値観〟があると思いますが、それが一体何なのかはそれそこ十人十色である。また相手の思考を注意深く観察せずともシンプルに〝肌感覚〟で『あ、この人とは気が合いそうだ』と感じる時もありますよね??またその逆もあるけど。

ネットとリアルの境界線はどんどん曖昧になり『コミュニティ』の形成がこれからの時代を歩いていく上で重要になるとは〝実感〟はしてますが、なにぶん気分屋なのでひとつのコミュニティに帰属するのは嫌なんです(笑)

それでも、先日は週に一回のオフ日に家族で食事に出掛けるまでの時間がポッカリと空いたので年始のご挨拶も兼ねて富津市新舞子の海岸近くの森の中にある素敵なカフェ

“Cafe GROVE”

まで行ってきました。まるで『ジブリ映画』にでも登場しそうな雰囲気のあるお店なので、是非ともおすすめしたい場所のひとつですね!

ただコーヒーを飲みたい〝だけ〟なら、カフェに限らずファミレスでも最近のコンビニのコーヒーだって安価なのにそれなりに美味しいコーヒーが飲めます。

ましてこちらのカフェに一度でも行ったことのある人なら説明せずともわかるのですが、決して〝立地条件〟も良くはない。

車が2台とてもすれ違えないくらい細い道を数カ所も『頼むから対向車こないでくれよ』とある意味で念じながら、やっとさたどり着く場所にある。でも、慣れてしまえばそんなちょっとした〝プチ冒険感覚〟が楽しくもあり、森の中にあるテラスで飲むコーヒーは寒空の下でも格別に感じる。(もちろん店内はあったかいよ)

スマホのGoogleマップ上で衛星から見る実際の〝距離計算式〟には当たり前だが、そのデバイスを手に持つひとの『感情』までは表示されませんよね。だから実際は遠いのに『感覚的』には近く感じるという実に人間らしい〝バグ〟が生じるのです。

おいしいコーヒーとチーズカレーうどんを食べて体をあたためた後にこの時期しか買えない〝紅ほっぺのいちごマフィン〟を手土産に向かった袖ケ浦市にある老舗和菓子店

“奈良輪 豊月堂”

カフェから車で50分くらい離れた距離にありましたが、運転していて別に遠いとは体感として少しも感じないのが上記の〝バグ〟の好例かと思います(笑)

まあ、せっかく来たんだし『いちご大福』はちゃっかり家へのお土産に買いましたけどね。

『SNS消費』とは、

そんな面白おかしい〝矛盾〟を日常的によく起こしたりする。ぼくはと言えば、約2年前にフェイスブックを始めたのですがそれまで『近いから』という理由だけで通っていた美容室がありました。それが今では車で20分以上はかかる富津市にある床屋さんにもう1年以上は通っています。

〝決して効率的ではない〟

スマホの登場とインターネット環境の急速な発達で〝生活スタイル〟すら変わりつつある現代において、そのひとの持つ『持ち時間』はある意味〝お金〟よりも価値があるとされている。

稼ぐことつまり〝マネタイズポイント〟は後にズラして回収することも可能だが、一度消費してしまった『時間』はもう二度と払戻せないからだ。

それでもぼくは自分の時間と足を使い、

『会いたいひとには、自分から会いに行く』

好きな食べ物に置き換えば、どんなにおいしい〝ラーメン〟を出すお店があると見聞きしていても実際に食べてみなくては、どんな味かはわかりませんよね??

いくらネットが発達しても〝行動〟をしてる人間の〝情報〟の方が信頼度が高いのは、その精度において『実体験』に勝るものがまだ存在しないのも事実です。

その『場所(お店)』まで出掛けてみて、お店のひとと話してみたり、料理の写真を撮ったりすると〝体感〟として強く印象に残る。

ましてその時にした会話なんて〝再現性〟がないもので、そんな小さな積み重ねが人間関係において『信用』としてカウントされるのは昔も現代もそうは変わりません。

“愛彩畑” × “アトリエ ラルブル”

採れたばかりの新鮮ないちごをたくさん使った〝いちごミルクプリン〟があるよって教えてもらったら実際に食べに行けばいい。

やっぱり『信用』しているひとの〝口コミ情報〟はどんなグルメサイトより説得力があるので、どうしても気になってしまう(笑)

いくら付き合いやその他の事情で軽い気持ちでついた〝嘘でも〟それが『可視化』してしまうネット社会では、それがそのままその人の持つ『信用度』を下げるので、嘘をつく行為は〝デメリット〟でしかない。

お世辞とか抜きに『おいしかったな』と思えば、シンプルに繋がりのある友達に教えたらいい。

普段は飲んだこともないアップルティーの香りやその場にいる人たちが作り出す〝空気感〟みたいなものは、やっぱりお店に行ってみない事にはわからない。あとは〝人柄〟が良いひと(オーナー)だから頼まれなくとも誰かに紹介したいと思う。

あ、ちなみにぼく自身はすっごい性格歪んでますね。(内緒やでっ)

なるべくなら気の合う友達のような〝関係性〟のひと達と一緒に過ごすなら『楽しげな場所』にしたいと思う。〝同調圧力〟なんて存在しない、自分がフラットな精神状態でいられるように。

たぶん気の合うひと達との間には、言葉にせずともある種の『共通言語』が存在するのだと思います。それが〝いじめ〟に対してNoと感じることだったり、ガヤガヤとお茶をしてるだけなのに〝楽しい〟と感じる感性だったりする。

時には『対人関係』のちょっとした考え方のすれ違いからたとえ疎遠になったとしても、常に〝行動〟できる人間にぼくは『共感』を覚えます。

こっちから勝手に期待して、自分が思い描く相手の〝イメージ〟と現実に『隔たり』があると勝手に裏切られた気分になるとかよくあるパターンですよね(笑)

タイトルの言葉は、大好きな映画『フォレスト・ガンプ(一期一会)』(1994)冒頭シーンの台詞から取りました。

ぼくのママはいつも言ってたんだ。“人生はチョコレートの箱のようなもの。開けてみなければわからないのよ”って。

予定調和なんてないけど人間とは未来を想像する生き物だ

システム手帳を開きその月の予定をマイペースに埋めていく。そんなありきたりな作業をする時間がぼくはとても好きです。

顔に似合わずシールが多めの見開きになっております。この小さいマスの中にごちゃごちゃと書くのが嫌で予定がある日にはシールを貼り細かい内容は、後のページにある各日付の上から続く時間軸の欄に書き込むようにしてますね。

ちなみに1/10(木)はお休みなので、その日のマスに貼ってある『肉のシール』は晩ご飯に〝焼肉〟を食べたいというただの願望です(笑)

通常のシステム手帳の使い方としては〝予定〟を忘れないために書き込むことが多いのですが、『こうあって欲しいな!』というのも記すことによって案外すんなりといくのが多いから不思議なものです。

自分の中で『有言実行』とまではいかなくても、普段から何気に手にとってよく見る手帳に書き込むことによって〝小さな願望〟なら叶えられそうな気分に自分を仕向けているとも言えるかもしれません。

それとは裏腹に飲食という商売って基本的には〝待ちの商売〟ですよね。

その日に使う材料を仕入れて、開店する時間まで店内の掃除や食材の仕込みをしてオープンに備える。時間になったら店舗の出入り口に暖簾をかけてお客さまをお出迎えするのですが〝どんなお客さま〟がその日に来てくれるかなんて誰にもわからないし、もしかしたら誰も来てくれないかもしれません。

それでも年明けから、

SNSで繋がりのある〝友達のような関係性〟『大切なお客さま』にご来店してもらえるのは感謝しかありません。

それこそぼくの働いているお富さん太田店がある大通り沿いには〝お世辞抜き〟においしいお店がたくさんあるのですから。

またそれを〝ピンチ〟と取るか『チャンス』かと問われれば、ぼくの考えではお客さまはどこのお店で外食をしようか〝選択肢〟があるから『楽しみ』なのだと予測している。結論から言うと、

『ひとり勝ちなんて現実的ではない』

ですから、自分のお店がある大通りの飲食店の盛り上がりが底上げされることによって〝ひとの流れ〟ができ、結果として『企業努力』をしているお店にお客さまが来てくれればいいかなと思っている。

だからお富さんから半径1キロ圏内の〝おいしいお店〟を紹介してもデメリットなんて実はひとつもないという、ちゃんと足りない頭でひねり出した『ロジック』があるから無駄な心配もしていない。

よく自分のお店に来てくれるお客さまを取られたらどうしよう??なんて悩むのは本末転倒で、そもそもお客さまは自分の行きたいお店は〝自分で調べて決めてる〟のでこっちが考えたってしょうがない。

だったら、来てくれたお客さまに〝満足してもらえる〟おいしいメニューなり何なりを考えた方がよっぽど建設的ですよね?不意打ちで急に撮ったからウッチーさんはふつーに真顔デスガ、、(笑)

そんな中でも繋がりのあるお客さまが来てくれるのを〝当たり前なんて〟絶対に勘違いしてはいけない。またSNSで関係性があろうが、なかろうが〝食いもの商売〟をしているのなら『商品』〝勝負〟できなければ意味がないのである。

ぼくたち店舗で日々働く主要な人間は取り扱う商品の〝価値〟を伝えるためにいるのです。違いますかね??

この冬の時期でも氷が詰まった発泡スチロールの箱に手を突っ込んで丸魚を取り出し、それを丁寧にさばいて刺身や寿司に使う柵(さく)にする。

その柵を入荷した魚の鮮度や状態を考慮して、最適な大きさや厚みでカットして盛り付けるのです。お客さまに〝おいしかった〟と言ってもらえる『未来』〝想像〟したいから。※マグロは最初から冷凍の柵で入荷するよ

だからSNSの投稿で〝あげてもらう〟のを『宣伝目的』でなく、自分たちが日々している仕事に〝共感〟してもらえた『結果』だと捉えればいい。

ぼくは脳についての科学とか詳しくはないけど、『やる気スイッチ』なんてほんとは頭のどこにも存在してなくて〝行動〟してる内に体が自然と〝やろう!〟ってなるだけみたいですね。それでも、仕事をする『モチベーション』とはお客さまに認められたと〝実感〟できた時にこそ昂まるものです。

そんなお客さまから頂いてる

『モチベーション』

つまり〝働き甲斐〟をお店で働くスタッフにも、もっと味わって欲しいと考え時に〝ぼく〟という『存在』はむしろ控え目であっていいと思う。

プロスポーツで例えれば分かりやすいと思うんだけど、『監督』より色んな〝選手〟が活躍した方がチーム全体として〝人気〟が出ますよね。今年は〝そこ〟を目指したいというのがぼくの『構想』の中にある。いくら『個の時代』といっても逆にその個性を発揮してる〝プレイヤー〟が抜けて、その店が下火になってしまっては意味がない。

『チーム力』×〝商品力〟=【繁盛店】

の図式でこれからはお店をもっと強化したいので、いま自分がいる〝立ち位置〟を変えなければならない。やっぱり個人が行える『パフォーマンス』の成果には限界があるので。

世の中に数あるお店(会社)の中で〝生き残る〟ためにぼくは何だってやる。『食』を通して次世代にも残る〝価値観〟の創出をしたいから、それが『マグロ』をいつまでも食べられる文化だったりする。

ぼくは自分が見たい〝未来〟を迎えに行くためには同じ価値観を持った『仲間』が必要だと切実に思うから、まだ体力と気力がある今のうちに〝最高のチーム〟を創りたい。やるでっ!

じぶん元年を始めよう

年末年始の〝怒涛のような忙しさ〟も今年に入って最初の一週間が過ぎ、例年の売上データからすると普段の落ち着きをそろそろ取り戻す頃でしょうかね?

ぼくの仕事は飲食サービス業なのですが、ここ数年で『繁忙期』の在り方というか捉え方みたいなものが変わってきたような気がします。

そんな時期にはお客さまがたくさんご来店してくれているので、お店側からすれば何より売上が立つし忙しいのはとても有り難いことなのですが、受け入れる側つまり『受け皿(お店・施設)』のキャパシティを超えてるなと感じる日が残念ながら、毎年よく目に付くようになった。要は忙し過ぎて営業内容が〝パンク〟を起こすというやつだ。

そんな苦い経験から〝軽減税率法〟が2020年に施行される前のタイミングでお国から『補助金』を引っ張り、経費を組んで当店ではレジシステムを一新しました。そして同時にお客さまのテーブルに置く〝TOS(テーブル・オーダー・システム)〟を導入し、ホールスタッフのオペレーションを軽減を図り、何とかこの繁忙期を無事に乗り切ったという感じですね。

AI(人工知能)や自動化システムが何かとニュースやメディアを騒がす昨今ですが、ぼくが働くお店では相変わらず手作り商材が多いので、それこそ多くの〝ひとの手〟を介しています。

その料理を運ぶのもまたひとなのですが、その肝心の『人手』が集まらないという難題がここ五年くらい前から続いている。言い方はアレですけど、まるで底の見えない〝無間地獄〟に陥った気分が何年も続きました。

予算をかけて『求人広告』を打ったとしても会社を定年退職した元職人のおじいちゃんみたいな高齢のリタイヤ組からしか募集がこないなんてザラなので、今では在籍しているパートさんやアルバイトから直接の紹介で人材を集め、シフト(人員の予定表)を組んでいます。

それでも〝休みたい日はみんな一緒〟なんです。

ぼくがまだ子供の頃は正月の『さんがにち』は開いているお店の方が少なかったように記憶しています。それが時代の流れと共にサービス業は特に〝やってて当たり前みたいな風潮〟になってしまいましたが、昔の今もそれぞれに守るべき家族がいて、それぞれに自分にとっての大切な時間がある。

そういった理由からぼくが約8年前にお富さん太田店に赴任したタイミングで12/31の〝大晦日〟と、お盆時期で忙しい8/15の夜の営業は地元〝木更津花火大会〟のために自分の独断でお店をお休みにしました。

休んだからといって特別なことは何ひとつしてませんが、大晦日の夜に家族でテーブルを囲み一緒に食べた『年越し蕎麦』が旨かったのは言うまでもありませんよね。

数字を出せなければお店(会社)は死にます。それでも中で働く人間との都合をうまく擦り合わせる作業を『責任者』はしなければならない。お店のシフトも含め働きやすい〝環境〟を整えられるかが、そのひとの器量として試されるのです。

そんな時に求められる〝能力〟とはなんでしょう?ぼくは相手の立場を考えられる『想像力』だと〝経験則〟から学びました。

“愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ”

という有名なことわざがありますが、ぼくは上っ面だけをウィキペディアで調べて学ぶより自分の足で得た〝生きてる情報〟の方を信じる。

あと、逆説的かもしれませんが意外とぼくは読書家なので(笑)

時代の最先端をひた走るキングコング西野亮廣さんやホリエモンさん、OWMDAYSの田中修治さんなど〝若き起業家〟が現代をどう捉え、どのように生き抜いているのかを知りたくてその著書をよく読んでいます。

昨年のクリスマスイブ(石原さとみさんの誕生日)に発売された『前田裕二』さんの著書『メモの魔力』を読了したが、メモ帳というどこにでもあるアイテムがこんなにも自分の〝思考の深掘り〟に役に立つとは驚きでしたね!とても良書なのでオススメしたいです。

この著書の巻末に〝自分を知るための〟自己分析1000問ノックがあるのですが、簡単にご説明するとこんな感じになるかなと気軽にツイートしたら著者ご本人からいいねを頂きとても恐縮な気分になりました(笑)

ある人からSNSの〝本質〟とは物理的な距離や時間の制約を超えてコミュニケーションをとるツールだと教わりましたが、いまぼくの頭の中でSNSとは

『ひとの頭の中より、ほんとに覗きたいのは自分の心の中だろ?』

という言葉が琴線に触れました。物理的にはスマホの画面越しに情報を見ているのだが、結局は受け取る側つまり〝自分がどう捉えるかで〟その受信の仕方が変わってきますよね。

それを前田式メモ術で書いてみると、

①ファクト(思ったことを書く)

SNSでひとの投稿を見て何かを感じる

②抽象化(ということは?)

一度も会ったこともない知らない誰かの言葉よりも、より関係性の深いひとの言葉の方が気になるという価値観をひとは持っている

③転用(だったら〜)

〝なに〟を言ってるかでなく〝誰が〟その言葉を発しているかで受け取り方に差が出る。つまり自分を軸にした関係性で『言葉』の浸透度が変わってくるので、ブレないためにはまず自分の内側を見つめる

④標語(単語でまとめる)

〝可処分精神〟の行き先を決めておく

ITが爆発的に普及して時代の流れが早いと言われてる現代ですが、普遍的な存在とは『じぶん』以外にいないのだと思います。人間は生きてるだけで大なり小なり日々なにをどうするのか〝自ら常に決断〟をしなければならない。

これまでの企業は〝可処分所得〟の奪い合いを競合他社としてきました。どこの会社がどのくらいお客さまから『お金』を集められるかというレースみたいなものです。

その次に無料アプリなどのコンテンツが登場し、便利だし無料だからと誰もがそれに飛びついた。そうすると今度は〝可処分時間〟を取り合った。つまり、これまで明確な価値を付けられなかった『そのひとの持つ時間』にお金と同等かそれ以上の価値があると気付いたからだ。

そして、これからは〝可処分精神〟の時代になるだろうというのが大きな流れとしてある。ふとした時に思い出してもらったり、時には何をしててもそのコンテンツのことを考えてしまう〝ひとの思考〟の奪い合いだ。

それがオリンピックイヤーの2020年に世界に先駆け『5G』時代に突入する日本でどんな〝インパクト〟をもたらすかなんてぼくにはわかりませんが、その時代に乗っかって伸びるコンテンツが出てくるのくらいは簡単に予想できます。

そのひとつがVR(仮想現実)と言われてて〝動画によるコミュニケーション〟が注目されていますが、ぼくはその分野のことをよくわかんないけどね(笑)

今年も元旦には地元の氏神さま『八剣八幡神社』まで初詣に行き、おみくじは〝大吉〟を見事に引きました。でも良い運勢のクジを引くのは嬉しいけど、それだけで今年が何事もうまくいくなんて誰も心から信じていないよね??

〝可処分精神〟をいつも自分の傍に置くためには『じぶん』〝知る〟しかない。自分が何に対して〝熱意〟を持って取り組めて、〝人生の喜び〟をどんな時に感じるかなんて自分にしかわからない価値観なのだから。

〝徹底的な自己分析から導くロジック〟

により世界は開けるのだとぼくは信じます。

天の岩戸を開けるには

いまツイッターで色んな意味で(ウィキのコピペと言われたりとか)プチ炎上してる百田尚樹さんの日本通史を語る決定版として発行された新刊『日本国紀』にも日本の神話として書いてあったのですが〝天岩戸(あまのいわと)神話〟というお話がありまして、ザクっと内容を例のごとくウィキから拾ってご説明しますと

神代の昔、高天原という神々が住む世界がありました。そこで多くの神さまが暮らしていたのですが〝須佐之男命(すさのをのみこと)〟は田んぼのあぜを壊したり、馬の皮を逆さに剥いだりと大変な暴れん坊でした。

あまりにひどいいたずらに怒った〝天照大御神(あまてらすのおおみかみ)〟は腹を立てて天岩戸という洞窟に隠れてしまったのですが、太陽の神さまが隠れてしまうと世の中が真っ暗になってしまいました。そうなると作物は育たないし病気も蔓延してしまいます。

困り果てた八百万(やおよろず)の神さま達はどうにかして洞窟から出そうと色んな手を試してみたのですがその決定打となったのは、洞窟の外から洩れ聞こえてくるみんなの〝楽しそうな声〟が気になり自ら天岩戸を開いたという神話です。

これを現代社会に置き換えると、ひとはどんなに塞ぎ込んでいようと〝楽しそうな場所〟に興味を持ったりすると思うのです。

いま企業の多くが【公式アカウント】でイメージ戦略やブランディングを仕掛けてみても、結局はそのほとんどが思ったような成果が得られていない。一般消費者は〝中のひと〟が見えない企業の発信には一定の距離感を持ってその情報が自分にとって有益かどうかを判断しているから。

ぼくの働くお店で例えると、

『当店のマグロはお得でおいしいですよ!』

などとSNSを使って宣伝しても残念ながらお客さまはアクション(来店)までにはなかなか至らないものです。ぼくがマグロを仕入れる業者さんを選んで『安くて良いモノ』をご提供してるのでほんとにおいしいんだけどね!

それに〝楽しげな雰囲気〟の画像を加えるとなんとなく『食べに行ってみようかな?』て気持ちになる。

〝イメージ〟よりも『ひと気がある料理写真』の方が訴求効果があるのです。なぜなら見ているひとに〝リアル〟に感じてもらえるから。

ガチガチに一般消費者の反応を気にし過ぎて、コンプライアンス(法令遵守)や炎上を怖れて〝遊び心〟を感じられない企業アカウントの発信ではその〝リアル〟さがあまり感じられないものなんです。

それよりもお客さまとSNSにより〝関係性〟を時間をかけてゆっくりと構築できれば、自然とお店に来てくれた時に打ち解けた会話ができる。

あとここで一応言っときますけど、

ぼくは決して社交性があり〝明るい性格〟のタイプではありません。どちらかといえば『根暗タイプ』の部類に入る性格だと〝自己分析〟しています(笑)

お店を通しての発信を継続して続けたいと思うのなら〝無理は続かない〟ので自然体でやった方が無難ですね。何より自分に〝嘘〟をつく行為はムダに疲れますし男の八方美人は、ぼく自身が苦手なので。

そんなぼくでもお客さまと仲良くなれれば、お食事の際にこんな〝ドヤ顔〟をお店でたまにされたりします。半端ないっ!!

ぼくの考えるこれからの〝信用経済〟とは、これまで固定観念としてあった

『いち店員さん』『いちお客さま』という急歴然とした暗黙の上下関係をちょっとだけ〝逸脱〟しても良いかなと思う。

もちろんお金(売上)をお店にもたらせてくれるお客さまは大切なのは変わらないのですが、SNSを通してお互いの人柄や考え方を知って

〝お互いにファンであるという関係性〟

みたいなカタチを構築できればお店でお食事したり、サービスを受ける時間をもっと〝楽しく有意義に〟お互いに過ごせるような気がします。

仕事を〝楽しむ〟だなんて言うと、『不真面目だ』とか、そんなに『甘いものじゃない』などのお叱りの言葉を頂戴してしまいそうですが、

繁忙期の12月も半ばを過ぎて〝忙しさ〟もピークを迎え忙しない毎日だけど、いつも〝しかめっ面〟で働いている人間には、ひとはあまり近づこうとは思いません。当然だよね。

〝外的要因〟に左右されることなく、自分の心の内側を『内観』するにはブログは最適なツールかもしれません。〝結果〟だけに囚われずに〝なぜ〟それを自分の中で〝どう〟捉えたのか考えることが出来るから。

仕事に対する『モチベーション』とはひとから与えられるものではなく、自分の中で腑に落ちる〝理由〟を見つけられなければ意味がない。

それにどうせだったらこの暮れの忙しさすら〝楽しんで〟もうすぐ迎える『新年の扉』を気持ちよく開きたいものです。体にだけは気を付けて今年も最後まで〝やんぞーーっ!〟

あ、ちなみにお富さんの〝年末年始の営業日のお知らせ〟なんですけど

12/31(月)と1/1(火) お休み

1/2(水) 夜のみ営業

1/3(木) ランチから通常営業

になります!というステマでした。

この寒い時期に食べてみたい木更津・君津にある絶品ラーメン

お富さんでは刺身やお寿司などの海鮮料理がメインで一番の売りとなっているのですが、ぼく自身が〝ラーメンが好き過ぎて〟お店でもご提供しております。自分が〝好き〟なものをお客さまにも食べてほしいというとてもシンプルな『動機』からですね。

そんな〝ラーメン好き〟のぼくがみなさんにも是非とも行ってほしいラーメン屋さんをブログにまとめてみたので、読んでお腹を空かせて下さい(ただの嫌がらせ)

まずはぼくが考案したこちらの一杯から、

【お富さん太田店】

痺れる・麻婆坦々麺

オーダー時に(痺れる・痺れない)と麺の量を(普通・大盛り)を無料で選択できるシステムとなっております。スープの汁跳ね防止の紙エプロンもあるので白いお洋服でも安心です。

麻婆豆腐 × 坦々麺 という木更津ではまだ珍しい組み合わせで、こだわりの〝自家製ラー油〟を効かせた花山椒が香る一杯となっております。

さあ!どんどん次にいってみよう!!

そしてここからはぼくの独断と偏見でお店を決めました。ちなみにお富さんから距離的に近い順にご紹介してます。

【竹岡らーめん清見台店】

チャーシュー麺

まずは、木更津っ子の『ソウルフード』的なこちらの〝竹岡式ラーメン〟はしょっぱいくらいに〝醤油味〟を前面に出したスープが懐かしい。分厚いチャーシューもたまりません♡

たまにどうしても食べたくなって休憩時間にこっそりとスタッフには黙ってひとりで食べに行ってます(笑)

【麺のマルタイ】

背脂のこく煮干しらぁめん(ご馳走盛り)

会計は〝食券機〟になるので、まずはラーメンかマゼソバを選ぶのですがこの時期はやっぱり熱いスープをふーふーしながらラーメンを食べたいですよね。

おすすめはサッパリとした鶏チャーシューとガッツリな豚チャーシューを両方食べれる『ご馳走盛り』です。麺はこだわりの〝手揉みちぢれ麺〟を使用してます。

卓上にある〝カツオタマネギ〟やエビやあおさなど何種類もある〝自家製の油〟で食べてる途中で味を変えられるのも楽しい。

【チャイニーズバル杏花(しんふぁ)】

坦々麺

ぼくが夜な夜な足しげく通うお店です。四川飯店で修行をしたオーナーシェフが作る本格中華が深夜でも食べれるお店が近くにあるのは〝仕合わせ〟以外の何者でもない。

角のある四角い特製の麺は四川料理の坦々麺のスープによく絡みますね。卓上にある〝花山椒〟を電動のミルで振り掛けると味が締まってさらに旨くなります。

あと、ここの〝尾付き海老のチリソース〟〝麻婆豆腐〟は絶対に一度は食べた方がいい!

【中国ラーメン栄】

スーラータンメン

中国料理こそラーメンの原点と唱える〝揚州商人〟『中国ラーメン』を木更津で食べれるのは嬉しいですね。

一番人気のスーラータンメンは、コクのある酸っぱさが病みつきになる一杯となっております。メニュー数も大変豊富なのでまた行ってみたいお店のひとつですね。店主の元気な〝かけ声〟が気持ちよく響く、料理人のファンも多く抱えるリーズナブルな人気店です。

【九州ラーメン友理 本店】

チャーシューワンタン麺(味付け玉子トッピング)

長崎県は佐世保から本場の『九州豚骨ラーメン』を木更津に広めた〝代表店〟といっても過言ではないでしょう。

1970年代の高度成長期には地元企業の製鉄所の工場があり、九州地方からも多くの出張組が家族で木更津に移り住みその〝企業戦士〟の胃袋を支えたラーメンは今も変わらず地元民から愛されてます。

移転前の子供の頃はよく親に連れられて通っていたのが、今では自分の〝家族〟を連れて行きたいラーメン屋さんになりました。

〝長崎ちゃんぽん〟もお野菜たっぷりで人気です。とにかくなにを頼んでも旨い。

【激辛タンタンメン拉麺帝王】

胡麻味噌坦々麺(チャーシュートッピング)

つい先日はこちらのお店で〝男祭り〟という忘年会でお世話になりました。若くて時代の流れに敏感なオーナーは会計時にはクレジットカードだけでなく、電子マネーやビットコインも使えるようにしています。

辛いラーメンだけでなくお子さまでも食べやすいお味の濃厚な鶏白湯の〝鶏そば〟もあるので年齢を問わずラーメンを楽しめるお店ですね。

激辛ラーメンにチャレンジしたいひとは辛さを『1辛〜10辛まで段階』を選べますので好きなひとは挑戦してみて下さい。ちなみにぼくは去年の年末に〝10辛を完食〟しました(笑)

【らーめん愛彩流】

ベジ白湯麺(パイタンメン)

新鮮なお野菜を栽培・販売する〝愛彩畑〟にあるラーメン屋さんならではの時期の野菜を多用したラーメンは〝新しいジャンル〟を感じさせる一杯となっております。

『季節のらーめん』は酸辣トマト麺やトムヤムクン風らーめんなど女性が喜ぶメニューがたくさん。〝直売所〟ではその日に採れた野菜をリーズナブルな価格で販売してるので、お食事だけでなく買い物も楽しめます。

どこのラーメンを食べようか目移りするくらい美味しいお店ばかりなので、お近くに寄った際は是非ともお試し下さいませ!

『新世界』から読み解くこれからの〝信用〟経済とは

ぼくみたいな若輩者がこれからの『経済』なんて語ってもそれこそ〝信用〟されないと思いますが、せっかくこのブログを開いてくれたので少しの時間だけ(15分ほど)お付き合いください。

まず、経済とは何ぞや?と考えた時に切っても切り離せないモノがあります。それは資本主義の根幹にあるモノつまり『お金』です。

普段からぼく達は、買い物をするにも生活の足となる車にガソリンを給油するにも『お金』を使って支払いをしますよね。もちろん仕事をするのも何とでも〝交換〟できる便利なお金というモノを稼ぐためです。

この何とでも〝交換〟できるってのがお金の持つ最大の『価値』でありみんなからの〝信用〟を集めてる証拠になっているよね。

それとは逆に小切手などを切るとき以外は、そのひとの持つ〝信用〟って尺度はどこでも通用する共通の基準があるワケでもないし、そもそも一般のひとは小切手なんて普段は切らない。

そんな曖昧なはずの〝信用〟をこれからの時代は〝クラウドファウンディング〟などを介して『換金化』できる仕組みを生活に取り入れたら、これからの経済はもっと自分の『好き』なことを仕事にして生きていけるのではないか?というのがキングコング西野亮廣さんの新刊には記されていた。

『新世界』

まだ聞きなれない言葉かもしれないので〝クラウドファウンディング〟をザクッと説明すると、インターネット上で企画をプレゼンして〝共感〟してもらえれば『支援』をいただけるシステムだ。

もちろんスマホは打ち出の小槌なんかじゃないし、親指でポチポチやってるだけじゃ〝現実〟は1㍉足りとも動かない。

そんな現状から自分のやりたい事に〝挑戦〟したい気持ちはあるけど、足踏みしてるひとの背中を優しく押してくれる『コンパス』みたいな良書でした。

あ、こっちじゃなくてコレ↓ね。

さて、とは言うものの

ぼくは昔から疑ぐり深いところがあって実際にどんな人物なのか自分の目で〝確かめてみないと〟気が済まないタチである。

ちょいと派手なアロハシャツを着ているから夏の時期でしたね。ぼくの好きなメガネメーカー〝OWNDAYS〟がメインスポンサーとなりディズニーランドがある浦安市で開催された世界で一番楽しい学校『サーカス』というイベントまで足を運んで〝実際に〟会いに行ってきました。

ちなみにこちらのエモい眼鏡はOWNDAYSの『John dillinger(ジョン・デリンジャー)』です。

https://www.owndays.com/jp/ja/brand/lp/johndillinger/

そんな〝サーカス〟が開かれる会場内に入るとすぐに愉しげな音楽が聞こえてきて、お子さん連れでも参加しやすく『託児室』が準備されていたので小さなお子さんをよく目にしました。

また数多くの〝ボランティア〟のひとが絵本『えんとつ町のプペル』に登場する主人公の〝ルビッチ〟に扮したユニフォームを着て働いていたのですが、〝ただの〟ボランティアではなく当日働ける『権利』〝有料〟で買っていたのです。

???働いてその対価としてお給料をもらうのではなく、自分からお金を出して働く???

その辺からちょっと〝頭を柔らかくして〟思考しないとワケがわからなくなるとは思いますが、このまま続けさせていただきます。

このタイミングでご紹介したいのが、言葉でまわる経済圏

〝レターポット〟

https://letterpot.otogimachi.jp/

こちらも西野亮廣さんが考案したアプリなのですが、LINEでもEメールでも相手に文字を送る時は〝無料〟ですよね。

でもこのアプリのサービスは『1文字=5円』で買わなければいけません。そうなると必然的に相手から〝レターポット〟が贈られた時はその文章の文字数で費やした『値段』がわかる。でも、もらったひとはその相手に〝返事(お返し)〟は無理にしなくていい。もらったレター分の文字をまた違うひとに贈りそれを〝循環〟させるのです。ちなみにどんなにレターを貯めたとしても『換金化』はできません。

もしも仮にひとは一生の内で使える『文字数』〝限りがある〟とすれば、どんな言葉を選ぶでしょうか??

たぶんそんな制限があるのなら、どんなひとでも嫌いなやつに文句を言うより大切なひとに向けて『言葉』を贈ると思います。

本来言葉とは〝美しい〟はずなのに限りなく使えてしまうと余計なひとに、それこそ余計な事を言ってしまうものなんです。

話しを戻しまして、

とにかくぼくは〝リアルにそこいる〟西野亮廣さんを『体感』してきた。

〝お笑い芸人〟という枠組みを超えて様々な分野で活躍する人物が〝サーカス〟というイベントでどんなことをやらかすのかこの目で見てみたかったのです。

このように当日はその頃ちょうど公開されていたハリウッド映画『グレイテスト・ショーマン』の主演ヒュー・ジャックマンにめっちゃ影響を受けてる衣装だったのはご愛嬌です(笑)

https://youtu.be/GuadtzQB2hk

そして、イベントは大盛況の内に終わり帰り際のたくさんのお客さまと気さくに話す西野亮廣さんとぼくも少しだけ話す機会をもらえました。(事務所的にインカメはNGのようです)

直接お会いした印象としては〝普通のひと〟でしたね。

もちろん見た目もカッコいいし雰囲気のある方でしたけど、その物腰の柔らかい話し方からひと昔前までよくテレビで〝好感度が一番低い〟お笑い芸人としてイジられて叩かれてた理由はぼくには見つけられませんでした。むしろ好青年か!と思いましたね。

そんな〝普通の西野亮廣さん〟の著者では『認知タレント』〝人気タレント〟はまったくの別物であって、

よくお茶の間のテレビに露出して『認知』されているだけでは、いつまで経ってもその番組にお金を落とす広告主である『スポンサー』の顔色を気にしながら活動しなくてはならない。

わかりやすく例えれば、もしグルメ番組に出たのなら自分では〝まずい〟とほんとは思ったとしても自分が身を置いている『環境』がひとに〝嘘をつかせる〟のだ。健康食品でも化粧品でも同じ事がテレビCMやネット広告で繰り返されている。

〝あの芸能人の◯◯もご愛用!〟ってやつだ。

ほんとは自分では使ってもないモノをおすすめしてそれを真に受けた視聴者が買うこともあるだろう。

でもそれって、言い方を変えれば『認知』タレントは公共の電波でその番組のスポンサーに都合のいい〝嘘をついている〟という事になりますよね??

それじゃ〝信用〟されるワケがない。

いよいよここからはぼくも入会している

〝オンラインサロン〟

いま現在(2018年12月現在)『西野亮廣エンタメ研究所』という国内では最大規模を誇るメンバー数は〝1万6000千人以上〟のオンラインサロンがあります。北海道にある夕張市の人口より多いらしい。

ぼくはコメントとかはせずにROM専(読んでるだけ)で主に利用しています。逆にアクティブなひとはどんな事をしてるのかは利用規定により詳しいことは『ひみつ厳守(笑)』なので詳しくは言えませんが〝毎日更新〟されるので楽しく読ませてもらっています。

ここでは月に千円ですけど〝有料〟での利用者がすべてなのと会員登録をする際に本人のフェイスブックアカウントが『査定』されるので、自分の発言には〝責任〟が自然と伴ってきます。まあサロン内でなくても気を付けないといけないけどね。

なので、ぼくが感じた西野亮廣エンタメ研究所の〝特徴〟としてはまず、そのサロンを立ち上げた人物に何かしら〝共感〟を持ったひと達が集まるのでツイッターなどでよく有りがちな嫌な感じのするイジりや誹謗中傷がまったく無いのは驚きでした。

要は月に千円という少額ですが、このサロンをのぞくために『住民税』を払っているようなものですよね?そんな自分がインターネット上で過ごす『住んでる町』みたいな場所ではみんなの目があるのだ。

それにほとんどのメンバーはこの〝革命のファンファーレ〟を既に読んでいるので、つまらない事(ひとの文句)に自分の限りある時間を費やしたくないと考えているはずだ。

しかもこれだけの人数(1万6000人以上)がいれば色んな職種のひと達が当然いてその専門分野を活かしたエンジニア・デザイン・不動産などの『部活』や実際にサロン内のメンバー間で仕事を〝委託〟したりして経済が〝循環〟している。ほんとの町みたいだよね。

ちなみにぼくもこれからも美味しいマグロを食べ続ける為に、海から綺麗にできる仕組み作りに繋がる活動やイベントをする『マグロ部』に入部している。人見知りなのでコメントしない言わば幽霊部員だけど(笑)

このようにコミュニティの中に〝共通言語〟をもった独自のコミュニティがどんどん形成されていく。

そしてサロン全体の〝共通言語〟とは、

〝挑戦する者〟を肯定するという価値観がありその先駆者が『西野亮廣』さんなのだ。

出身地の兵庫県川西市に『えんとつ町のプペル美術館』を作るべく、吉本興業ではなく個人の会社名義で〝3億円〟もの巨額な借金を背負う『自爆スイッチ』をポンと押せる男っぷりには驚愕です(笑)

またエンタメの世界で〝ディズニーを倒す〟と豪語している。(自身のアニメ映画をディズニー映画の公開に被せて興行収入で上回るという意味です)

いち芸人さんが『なに言ってるの?』と嘲笑されても不思議ではありませんが、

ぼくは笑う気にはなれない。

その理由は、

運やまぐれ当たりではなく〝ヒット作〟を生み出す『ロジック』を持っているひとだからだ。つい先日は、西野亮廣さんが携わった作品の累計発行部数は『100万部を突破』したと知りました。

ネット環境が普及して上部だけの知識はすぐ身に付けられるかもしれませんが『結果』を出しているひとはすべからず〝努力〟をしている。

そんなに大きな話でなくてもいい。ちょっとだけ〝自分の身に置き換えて〟真剣に考えてみて欲しいのですが、

『あなたには守りたいひとはいますか?』

きっといますよね。だからひとは頑張れるし努力もできる。それでも世の中には〝理不尽なこと〟がその辺に転がっていて、いつそれに自分と大切なひとがつまづいてしまうかなんて誰にもわからない。

ここからは『新世界』からの引用文です。

極端な環境に身を投じることを避け続けた今のキミには力が備わってない。

もしキミに守りたいモノがあるのなら、キミ自身が強くなるしかない。

流れに振り回されない力さえ手に入れば、

キミは、

キミが守りたいモノを守ることができる。

今、キミの目に映っているもの全てがこれまでの結果だ。

今この瞬間に「言い訳」と縁を切るんだ。

もう、情報は伝えた。

武器は渡した。

ここから先は頭で考えちゃダメだ。

「現実」というものは、

行動を起こしていない人間の想定を軽く超えてくる。

足を動かしていない人間が出す答えには何の価値もない。

考えるだけ体が固くなる。無駄だ。

武器の使い方は、戦いながら覚えるんだ。

覚悟を決めるんだ。

少しだけでいいから、挑戦して、

少しだけでいいから、失敗から学んで、

少しだけでいいから、傷を負って、

少しだけでいいから、涙を流して、

少しだけでいいから、想いを背負って、

強くなってください。

とても優しい言葉ですよね。だからぼくはこのひとの描いてる絵本も欲しくなるし自分の子供にも〝読み聞かせ〟たりするのです。

〝モノ〟より〝ヒト〟検索の時代

もうすぐ今年も年の暮れを迎えますが、約2年前の『新語・流行語大賞』の年間大賞をまだ覚えてますでしょうか??

2017年に選ばれたのは〝インスタ映え〟という言葉でしたね。ガラケー(日本で独自の改良を加えたガラパゴス島の進化に例えられたケータイ電話)から『iPhone4』の登場を皮切りにスマホが市民権を得て、一気に普及してからは世の中の流れが加速度的に早くなったのをその当時でも〝肌感覚〟で感じていました。

一時はSNSで圧倒的な隆盛を極めた〝フェイスブック〟もだいぶ廃れてきたかと思えば、若い層を中心に〝Instagram〟のアクティブユーザーが爆発的に増え、当時は連日のように各メディアでも取り上げられてとても賑わいましたね。ぼくもお店の宣伝をする際には、料理写真の加工が手軽にできるのでよくインスタを使っています。

その他にもぼくは情報収集に便利で、気軽に思ったことをつぶやける〝ツイッター〟や自分の考えや人柄をひとに知ってもらうためにワードプレスで〝ブログ〟も書いています。

つまり『SNSの中にいる時間』が大袈裟ではなく、1日で使える自由な時間の大半をスマホで消費していると言ってよいくらいにどっぷりと浸かっていた。

またこうした流れとは逆に複数のSNSアカウントを持つと〝友達の投稿を追いきれない〟という『逆転現象』も起きていた。同時進行で色んなSNSを利用するという事は単純に情報量が増えるのを意味していたのです。

たぶんひとは向こうからやってくる『情報量』が多くなり過ぎると、自分の中では処理を仕切れなくなるので逆に見なくなってしまうか、もしくは〝SNS自体から離れていく〟ような気がします。

それは相手にも同じことが起きるので、残念ながら繋がるひとが増えるほど〝投稿を見てもらえない〟という『結果』になってしまう。

あ、もちろんこの前偶然にもチャイニーズバル杏花(しんふぁ)でお会いしたみなさまの投稿はちゃんと見てますよ!(笑)

このような状況下なのでこれからは、そのひとの『個を出した発信』でなければニュースフィードやタイムラインで誰かの目に止めてもらうのが、どんどん難しくなっていくのが予測されますよね??

〝モノ〟検索からユーザーや消費者は〝ヒト〟検索に徐々にそのシフトを移行しているのです。

それは〝言葉〟にも当て嵌まり、『何を』言うかよりも『誰が』言ってるかでその言葉の反応率もまったく変わってきます。

普段の投稿から信用できるひとがよく利用してるお店だったり、よく食べてる料理って何だか気になりますよね。実際ぼくもそうです(笑)

更に言うと、お店で商品を提供してるあなた自身が『商品の広告塔』なんです。

世の中にはおいしくて安価で食べられるお店はたくさんありますけど、そこで実際に働くお店の〝ヒト〟と仲良くなれる機会ってあまりないですよね?やっぱり相手が仕事中なら話しかけづらいものですから。

それでもSNSを通して『興味』『共感』を初めからお店のひとに持たれている〝お客さま〟ならその距離感はグッと縮まります。

働く側からしてみても繋がりがあって顔のわかるお客さまがお店に来てくださるのは素直に〝嬉しい〟ものなんですよ。

それとシンプルに〝まだ情報の届いてないひと〟にこんなおいしいお店が近くにあるよって知って欲しいのです。

もちろんどこのお店の紹介をしたとしてもぼくには1円も入ってこないけど、SNSで繋がりのあるひとがそれを『キッカケ』としてくれて実際にわざわざ足を運んでくれる。

どこにいてもスマホがあれば〝ネット検索〟ができる時代ですけど〝最も信頼性の高い情報〟とは自分と親しいひとの『言葉』なのです。

企業が年間予算を組み、どんなに広告費をかけた販売促進もそのひとの『家族』や親しい『友人』のおすすめの〝ひと言〟には決して敵わない。

だからぼくはステキな〝ヒト〟がいるお店をこれからも紹介していきたいと考えてる。自分がおいしいラーメンを食べ歩くことが好きなのもありますけどね(笑)

誰に向けての発信なのか

ブログやお店のページなどの閲覧数を上げたいのなら『お役立ち情報』などを載せると良いと聞いたことがありますが、日々そんなネタが都合よくその辺に転がっているわけもなく、当たり障りのないありきたりなお店情報となってしまいがちになる。

そんなありきたりな発信を〝変えたい〟とお考えなら、まずは当事者のアイコンを本人だと誰にでも認識できる画像に差し変えることをおすすめします。

なぜならお客さまが商品を選ぶ際の『基準』〝どこ〟で買うかよりも〝誰から〟買うかに移行してきているからです。顔もわからない〝へのへのもへじ〟からは誰も自分の大切なお金を出したいとは思ってはくれない。

とにかく似たようなものを買うのなら、ひとはまったく知らないお店で初めて会う店員さんからよりも『関係性』の深いひとから買おうとする。

だからこそ自分の〝思いや考え〟その商品に関連する〝ストーリー〟をきちんと伝え、ひとに『興味』を持ってもらう努力を続けることが言わば、大手ではまねのできない中小企業の『独自化』へと繋がる。

例えば、どんなに材料や作り方にこだわっていたとしても誰の目にも止まらなければ〝存在しない〟のと一緒なのだから。

その価値を伝えたいと思えるひと達に『気付いてもらう』ためにはどうすればいいのか?をご商売をされているのなら常に考え続けなければならない。

そして現代では、あなたという『個性』をSNSを通して〝表現〟できるのです。

もちろん初めは誰にも届かないような、か細い声かもしれませんが『個を出した発信』を続けていれば、必ずその向こうで誰かが見てくれているものなんです。

ぼくが教わったSNSの『本質』とは、

一方通行的な情報発信ではなく〝双方向性のあるコミュニケーション〟でなければその発信には『体温が宿らない』とされている。

もしお客さまとコミュニケーションを取りたいのであれば自分らしい言葉で『語る』ことを意識したいものですよね。

ぼくは実際にそうすることによりたくさんの素晴らしいお客さまと『繋がり』ができた。それはお金では決して買えない〝財産(きずな)〟だと認識しています。

お店までわざわざ自分の時間を使って〝会いに来てくれる〟のは、ほんとに感謝でしかない。

一体何のために?

誰のために発信を繰り返しているのか??

忙しくてもふと立ち止まって考えてみる

世のお父さんたちは仕事で疲れた顔をよくしていますよね?やっぱり働くって大変なんです。それでもそんな大変なはずの『労働』ですけど、ちょっとだけ〝遊び心〟をプラスしてやればその発信を見てくれたひとがクスッと笑ってくれる。

『つらい・疲れた・つまらない』

と仕事に対する愚痴をネットで垂れ流してみても〝何の生産性もない〟だけでなく、見てくれたひとまでも嫌な気持ちになってしまう。

それに1日の大半を費やす仕事にくたびれただけのお父さんを一番近くで見ている自分の子供は〝将来◯◯屋さんになって働きたい〟と思ってくれますでしょうか??

子供は親のことをこちらが思っている以上に見ているのものですから。

ぼくの周りには、良い意味で刺激を与えてくれる〝尖った個性〟を持つ〝ヘンタイ〟みたいなひと達がごく稀にいます(笑)たぶん他人から見れば、ぼくもその部類に残念ながら入っているのだと自覚してますが、

そんなひと達は、仕事とは楽しいものではなくて〝メシを食っていくために〟仕方なくするものであるという昔ながらの『固定観念』に縛られている人間はいないように感じます。

もちろん大切な家族を養っていくためにちゃんと『お金』を稼いでいなければお話しになりませんが、それと〝同時進行〟でこれからの自分に必要な知識を常にアンテナを立てて探し、そして行動(学び)を続けている。

たぶん、いまある自分の中のちっぽけな価値観をアップデート(更新)しなければ、これから先は生き残れないと〝肌感覚〟で察知しているのだと思います。

でもそんな先の見えない将来を悲観するより積極的に色んなひとに関わろうとする姿勢には〝年齢とか関係なく〟頭が下がりますね。

〝誰に向けての発信なのか〟

ぼくには気の利いた『答え』は分かりませんが、古き良き時代の昭和の親父は〝背中で語る〟という価値観がありました。

でも、それって典型的な口下手なお父さんの言い訳のような気がします。

ほんとに『伝えたい』と思うことがあるのなら、やっぱり〝言葉(カタチ)〟にしなければ相手には伝わらないよね。

だからと言って、

『誰にでもいい顔なんてする必要なんてない』

このひととは分かり合えないと感じたのなら、相手に余計な言葉を浴びせる前にフォローを外せばいい。〝ストレス〟を抱えて自分に無理をしてまでSNSなんてやるものじゃない。

もしかしたら、SNSを通して見ているのはひとの頭の中ではなくて〝自分の内面〟を見ているのかもしれません。

自分の持つそのひとに対する〝先入観〟という色メガネを外すのはなかなか容易ではない。勝手に期待して、勝手に裏切られたような気持ちになる時もあるかもしれませんが、

それでもぼくはなりたい〝自分〟をイメージしながら、これからも『断固たる決意』で発信を続けていきます。きっとその先には想像もしてない素晴らしい〝出会い〟が待っているから!

ちなみに茂原市で〝美容室モルフェ〟をやっている『タケツグ君』が食べてたお富さん太田店で大変ご好評をいただいてる

〝痺れる・麻婆坦々麺〟

はこちらです!というステマ記事でした(笑)

マグロがなくなったら寿司屋は何を売ればいいのか

なんか〝一休さん〟みたいな禅問答ですけど(今の若い子は知らないかな?)このような『問題提起』は飲食業や水産業だけに限らず、

ネット通販最大手のAmazonは『買い物』に変革をもたらし、Googleは『検索』のやり方を一新した。ぼく達のような一般消費者は、高いところから低いところに水が自然と流れるように『低価格・使いやすさ』に勝るモノはなくそれらの会社を使うようになる。

欲しい家電製品があったのならAmazonで価格帯を調べ、買う前に最寄りの大手量販店で実物を〝品定めだけして〟店舗ではなくネットでポチる。お店を探したり、選んだりする時も分厚いタウンページを持ち出して調べるひとはもう少数派で、Googleマップで検索すればすぐに解決する。

別に脅すつもりは全くないのだが、いまあなたが働く会社もいつ〝利便性の高いツール〟に淘汰されるか分からないご時世なのです。

話しを戻しまして、

ぼくがつい先日まで実際にベトナムの〝お富さんハノイ店〟で触っていた『マグロ』は、

キハダマグロの少し色がボケているようなモノしか入荷できなかった。

それでも仕入れられればまだいい方で、お店でマグロを使いたくとも〝入荷なし〟と取引先に言われたら『お手上げ状態』でしたね。

下の画像は、現在『お富さん太田店』で使っているバチマグロです。どちらも色を調整するようなカメラフィルターは使っていない。

もし自分が〝お客さまの立場〟であったのなら、どちらを注文したいかは言うまでもないがそんな『環境』でもお店のメニューに寿司が印字されているのであれば、

どうやって作るかを頭をひねって考えなければならない。。。

そんな状況下でも〝救いの救世主〟となったのが、日本でも大人気の『ノルウェーサーモン』だったのです。

その品質は日本で扱うものと遜色ないクオリティだったので、寿司でも刺身でもサーモンをメインに組み立てて考えることができたと言っても過言ではない。とても脂がのっており、現地ベトナムのひとの口にも合う食材だったのでまさに願ったり叶ったりというわけだ。

それでもやっぱり頭をよぎるのは、

色の良い脂がのった『バリバリのマグロ』をベトナムのお富さんでもお客さまに提供したいという、まわりの状況なんて知ったこっちゃないよ?と言わんばかりのかなり自己中心的な強い思いでした。

もちろん冷蔵庫を搭載してるベトナムではまだまだ高嶺の花みたいにべらぼうに高級な冷蔵庫などのハードの部分や、漁場から市場に出回るまでの交通網などのインフラの整備などぼく個人の力ではどうにもならないとは分かっているものの、

〝諦めたらそこで試合終了だよ〟

という懐かしの『slam dunk(スラムダンク)』に登場していた湘北高校のカーネルサンダースみたいな見た目の安西監督も仰ってましたよね??

なので次にベトナムに行く機会を設けたら、町市場や漁師町などを見て回りこの地で『新鮮な魚介類』を流通させるにはどうしたらいいかを〝机上の空論〟ではなく現場のひと達とリアルな意見を交換したいと考えています。

ぼくはベトナムのスーパーマーケットをみんなで立ち上げる際に日本の商品や野菜が並ぶ商品棚を見て『喜んでくれたお客さまの声や顔』を目の当たりにしている。

お店(会社)とは必要としてくれているひと(お客さま)がいて始めて存在意義を待つ

ものだとほんとの意味で教わりました。

それにぼくにはまだ小さい子供がいるのですが、いま現在取り扱っている『食材』がこの子が大きくなってからも〝食卓のテーブル〟に並んでいるのか?と大きな疑問符を持っているのです。

いまはもう無いのですが、

スーパー富分の本店は木更津市の桜井にありました。

そのシャッターに描かれていた〝太くて大きいシャコ〟や大切なお客さまを自宅に招く時に用意していた〝立派なワタリガニ〟という『食材』は、いまぼくが住むお家の食卓に並ぶのをずいぶんと見ていない。

そのワケは『もうあんまり獲れないから』という理由でしかない。ほんの20〜30年前まで普通に獲れてたんですよ?それでもたかが『ご飯の話し』では済まされないような気がします。

〝次世代に何かを残したい!!!〟

と考えるのは、ただの『驕り』でしょうか??

だからぼくは『行動』を起こしたいと考える。まずは、お富さん太田店の店長という立場を年内には一旦降りて、木更津駅西口と君津駅前にある2店舗を含めた3店舗を同時に統括する【マネージャー】という肩書きを作り国内のお富さんの〝磐石の体制作り〟に取り組みたい。

更に親会社のスーパー富分との〝連携〟を今よりもっと密にして、『コストパフォーマンス以上の付加価値』をお客さまにご提供するつもりです。

そして、その都度『ベトナム遠征』にはぼくだけでなく店長クラスの社員を派遣し、現地で働くひと達とのコミュニケーションを常に図りたいという妄想ではなく『構想』として、いまぼくの頭の中にある。

〝絶対に達成してやる!!〟

のでどうか温かい目で見てやって下さいね!