ジミーのベトナム滞在記パート②

ぼくも含めてと前置きしときますけど、ほとんどのひとにとって『日常』とはルーティンの繰り返しのように感じます。いつもと大体同じ時間にスマホのアラームで目が覚めて、いつも同じ道を車で職場へと向かう。帰りも大体いつも寄るコンビニでなんか買って、家でうだうだしてたらいつのまにか寝ている。そんな普通の日常が良いとか、悪いとかの話しではなく自分の身近な『環境』を含めたこの世界はふと気付かないだけで体の中の細胞が1秒も休むことなく〝新陳代謝〟をするように常に〝変化〟をし続けている。

皮肉なもので日本にいると自分の住んでいる国について深くは考えることをしないのだが、海外で少しでも生活すると

〝自分が日本人である〟と深く『自覚』する。

長くてきつい1日の仕事が終わりようやく安っぽいホテルに戻ると勢いのないぬるいシャワーを浴びるのだが、日本なら当たり前にあるはずのバスタブがないから〝湯船に浸かれない〟のはかなり凹みますね。ほんとに疲れが全然取れない。だから翌日も足の裏と背中の筋肉が張りっぱなしで…

娯楽の少ないベトナムでも部屋のテレビを付ける気力もなく所々シーツに沁みが残っているクッション性のないただ硬いだけの無機質なベッドの上で目を閉じていると、否応なしに家族のことを思い出し〝早く帰りたい〟と思ってしまうものです。

そんな状況下で必死に働いていても、海外でスーパーマーケットを新規オープンするのは簡単に進むべくもなく、予期せぬトラブルは当たり前の顔をしてぼく達のすぐ側へとすり寄ってくる。

〝朝9時オープン〟の予定だったのだが、レジシステムと量り売りをする機器の連携トラブルが前日の夜に発覚した。それはお客さまが買い物にきてくれたとしても〝お店に入れられない〟ことを意味していた。

日本から駆けつけてくれたスーパーからの応援部隊のひと達は前日は深夜まで『売り場作り』をしていたのだか、時計の針が朝の9時を刺しても店舗出入り口前に対応スタッフを置き、せっかく来てくれたお客さまを帰す光景を見ているもどかしさはほんとに〝歯痒かった〟としか表現できない。

ちなみにレジシステムの復旧に真剣な表情で取り組むこちらの業者さんは、オープン当日の朝7時に現場に入る予定が実際に来たのは8時過ぎだったのは『海外出店』の難しさをある意味で物語っている(笑)日本で同じことをしたのなら、たぶんブチ◯すとこです。

海外出店という一見華やかなその舞台裏では、山のように積み上がる諸問題に対して『適応』するために様々な〝人間模様〟があるのです。そこで働くひと達の苦労なんて、こうやって発信しなければ誰も知る由もありません。

あと、これはぼく個人の考えなのですが

自分の仕事量が多くストレスフルになった時に〝こんなに大変なのだから、当然あなたも同じようにそれをしなさい〟という半強制的な意味のわからない考え方はとても嫌いですね。あくまでも人間は『睡眠と休憩』が足りなければ、普段なら決してしないイージーなミスを犯すのは目に見えている。なんの科学的な根拠もない〝根性論〟とかぼくは信じていない。

毎朝仕事に行くために乗るホテルの電光掲示板の少し欠けた古ぼけたエレベーターで1Fのボタンを押す時にふと頭をよぎる

『仕事に行きたくない…』

と海外進出組の企業に勤める自分はいいけど、〝現地のスタッフにはそんな思いをさせてはならない。〟

伝わっていますでしょうか??

仕事中はどちらかといえばベトナム語も話せないし無口なぼくですが、相手を思いやる『そんな気持ち』さえ伝われば〝受け入れてもらえる〟もので、よく弟と比較され『ジュンイチさんはおとなしい』と言われたものです。

あと、中国圏のひともそうなんですけど『面子(メンツ)』を非常に重んじる文化があるので、〝よそ者のぼく〟にはこういったプライベートでのお酒の席では絶対にお金を払わせたがらない。ここは自分たちのテリトリーなのだから『奢られなさい』という意味合いなんでしょうね。

なるべくですけど、せっかくよその国に行ったのなら『日本人とつるまない』のをおすすめします。お互いに日本語が話せるのならコミュケーションも容易に取れるのですが、うまく話せなくとも

【お互いを尊重する事により絆が構築される】

仕事帰りに仲が良いスタッフに連れていって貰ったこの酒席では、お店にいる日本人がぼくひとりで珍しかったのもあるかもしれませんけど

ぼくの座っているテーブルには代わる代わる『はじめまして』の乾杯を求められては、ショットグラスの琥珀色をした現地の強いお酒を空けました。その際に知ったのですが、ベトナムのひとは握手を相手に求める時には反対の手で自分の脇の下を隠す『作法』があるようです。

スタッフ達と行ったお店なので、悪い意味でなく現地の生活水準が垣間見れる数々の光景を目にして来ました。それはとても貴重な『体験』であり、その国の〝空気感を知る〟良い機会だったと思います。

仕事の合間に少しの時間でもお店を抜け出しひとりで辺りを歩いてみればその国の日常が〝実感〟として自分の目に映り込む。それを仕事をサボると呼ぶのは簡単ですけど、『仕事だけ』をするのもまた〝感性を養う〟のをサボってますよね??

ひとは得てして『自分』にとって都合の良い現実ばかりをその目に映そうとする〝傾向〟があるのですが、ひとが生きていく上で良いも悪いもないかとぼくは考える。『生きる為』に何かをして、何かをしないだけ。

自分が相手を目にしているのと同じように、相手もまたこちらを見ている。

『ひとに優しく』

『なるべくなら自分にも優しく』

異国で働こうとも〝仲間意識〟をどうやったら『構築』できるのかを決して賢くない足りない脳みそを振り絞って考える。

所詮は世の中というものは『結果バイアス(偏見)』〝評価〟される。

それは太古の昔からの『普遍の真理』みたいな〝生存本能〟で、地球の地質時代の1つで約1億4500万年前から6600万年前の『白亜紀』に地上にいた恐竜が滅びて今はいないのは、

生き残るのは

最も強い種ではなく、最も賢い種でもない

変化に適応できた種のみが生き延びた

だからぼくはベトナムの地に〝スーパーマーケットを出店する〟という誰にも否定できない『結果』を出してきた。〝素晴らしい仲間たち〟と共にそれを『共有』できたのはぼくの人生に置いて〝新しい価値感〟になったのは言うまでもない。

【いつだって変化を怖れるな!!】

ひとはどんなタイミングでもきっと良い方向に変われるのだから。

こちら

翼を授かるのは行動できるバカである

〝ハロウィン〟のこの時期に渋谷で一部の若者たちが起こしたニュースが何かと話題にのぼってますけど、騒げば騒ぐほど当事者は喜ぶのか後悔するのか知りませんが『バカはほっとけばいい』と思います。

難しい哲学をまったく抜きにして『人生』を捉えると『時間そのもの』でしかない。そんな大切な時間(人生)は、できる事ならいつも有意義に使いたいし誰かを批判する事で〝無意味に消費はしたくない〟とぼくは考える。

だから、どうしたら『自分の持ち時間』をもっと活用できるようになれるか?を具体的に落とし込みたいので、仕事帰りに本屋さんに寄ってはよくそんな書籍を物色してます。それにしても最近買ったこの本のタイトルは、どストレート過ぎてウケる(笑)

『仕事』とはある意味で、時間(人生)を会社に搾取されているのですが〝個人事業主〟は、その労働時間の長短を自分で決められるようで実は『しっかりと』一日中働いてしまうものですよね。

それでもぼくは、お店のランチ営業中だとしても今のタイミングなら〝現場の人間に任せられる〟と判断したのなら、ぼくにしかできない『仕事』をしに外に出ます。

そしてこんな『バカらしい』事を笑って付き合ってくれる友達に会いに片道約1時間かけて行ってくるのです。

たぶん〝笑いのツボ〟が近くないと、

『友達』にはなれない気がします。渋谷でバカ騒ぎをする若者たちとは、ぼくは友達になれないだろうし、反対に向こうもぼくとは考え方も〝笑い〟も合わないと思う。

そのひとの行動なり発信を見て、自分から『興味』を持てたならぼくは誰に頼まれずとも自分の時間を使って会いに行きます。

決してグルメという意味でなく、ぼくは飲食店という職業柄〝色んな味を体験するのも仕事〟なので、普通のひとよりは実費で様々なお店で外食をして色んな料理を食べてます。

そうやって、メディアやグルメ雑誌には載っていない『情報』を自分なりに蓄積しているのです。それを自身のお店でも表現できないか考えながら。

そんな料理を作ってくれたお店のひとにご挨拶をして『親交』〝拡めるのではなく深める〟という意識はやはり必要かと思います。

最近よくありがちな自己啓発本のテーマに

『ひとに好かれる方法論』

とそれとは真逆の

『ひとに嫌われてもいい精神論』

みたいなものがありますが、ぼくは器がそんなに大きい人間ではないので、どちらにしてもそんなに〝友達の数〟なんて初めから必要としていません。

それでもひとに

〝会いに行ってみたいと思われる〟

ような人間になりたいのなら、自分から『行動』に移しましょう。

あれこれ考えるよりも車のハンドルを握って、高速道路にのれば千葉県は意外と狭い。そしてなによりも、わざわざ遠くから自分に会いに来てくれるひとがいたら『嬉しい』に決まってますよね。

〝ギブ&テイク〟ではなく、大して何も考えずに『ギブ』を繰り返せばいい。そんな見返りなんて気にせず『すぐに行動できるバカ』にぼくはとても共感を覚えます。

どんなひとでも時間(人生)は有限です。たぶん『悩み』なんてヒマな頭が作り出す〝実態のない綿菓子〟のようなものでそんなお菓子をいくら食べても栄養なんてありません。

トリック(行動力)

or

トリート(悩んで動けないお菓子)

あなただったら〝どちらを選択〟したい??

前回のベトナム滞在で学んだ現地での働き方

先週の日曜日にいきなり〝無茶振り〟されたベトナム行きですが、今回は海外出張といっても実働『5日間のみ』となりそうです。それでもやはり慣れない国での仕事はどうしても気が重くなりますよね。

まして異国の地でお店をオープンする大変さを以前にこれでもかと味合わされたので余計にそう思います。(遠くを見る目…)

なので短期の出張だとしても〝心配事〟を指で数えたらきりがないし、その最もたるのが〝現地スタッフとうまく働けるか〟という点ではないでしょうか??

それにはまず『相手の国の文化や風習を理解する』のが一番の早道かとぼくは考えています。なぜなら結局は〝どちらから歩み寄るかの差だけ〟なので、仕事を早く進めたいのなら自分からそうしたいですよね。

ベトナムという国は、

対人関係に置いて『年功序列の傾向が強い国』なので、基本は自分より年上の人間を立てようとします。

公用語のベトナム語でも『相手の年を見た目で判断して、人称代名詞を使い分けをする』のがその証拠である。

なので、どんな職場に配属してもまずは〝自分の年齢〟をはっきりと明言する方が以降のコミュニケーションがスムーズに取れるかと思いますね。

ちなみに下の画像の中では〝ぼくが一番年上なので〟何かと引き立ててもらい、とても働きやすかったのを記憶してます。

特に右の寿司職人の『チーさん』は片言ですが日本語をしゃべれたので仕事帰りに一緒に飲みに行くほど仲良くなれましたね。酔ったらお互いになに言ってるのか理解してないけど楽しかったし(笑)

それでわ、あくまでもぼくが〝体験した〟観光ビザでの滞在期限の上限である前回の

『14日間の経験則から』の雑感に過ぎませんが、どこかへ海外出張をする際に何かのご参考までに読んでもらえたら嬉しいです。

それでは、まず〝ベトナム社会主義共和国〟とは、東南アジアのインドシナ半島東部に位置する『社会主義国』です。

首都は『ハノイ』。ASEAN加盟国、通過は『ドン』人口は『9250万人』(2014年末)。

国土は南北に細長く、

北は『中華人民共和国』、西は『ラオス』、南西は『カンボジア』〝国境〟を接する。東は『南シナ海』に面し、『フィリピン』と相対する。

※引用元 Wikipedia

『社会主義の国』と聞いてもピンと来ないひとが多いと思うので、

ハッキリと言いますと〝賄賂〟が平然と支払われてる国と言えば分かりやすいでしょうか。

例えば、バイクを運転してスピード超過で捕まったとしても日本円で『三千円程度』をその場で警官に個人的に渡せば大体は〝スルー〟してくれると現地のひとに経験則として教わりました。

向こうの警察官は国から支払われる『給料より賄賂の方が儲かる』とも言われているので、公然の事実なんです。

そんな風習はもちろん警察官だけでなく〝お富さんハノイ店〟を立ち上げる際に『保健所の衛生検査』という名目でやって来た〝お役人〟が乗ってきた車が分かりやすかったですね。

『自動車税が異常に高い』

ベトナムという国なのにドイツ製の〝メルセデス・ベンツ製のSUVで颯爽と登場〟したのには本気でウケました(笑)現地で日本の大衆車『カローラ』を買おうとしたら日本円で500万円以上はするそうです。関税ってマジで半端ない!!

ちなみに『日本人スタッフ』が検査中にお店をウロウロしていると、オーナーも日本人だと勘付かれて余計に〝賄賂を吹っかけられる〟ので隠れてて下さいと言われました。えらい露骨やね(笑)

話しを本題に戻しまして、

『宿泊事情』は、

ホテルはピンキリなんですけど、前回ぼくが滞在したのは今年の1月の半ば頃で、家賃は〝食事なしの素泊まり〟で2週間で4万五千円程度だったので、

日割り計算1日=約3220円となります。

そして、日本のような接客やサービスはハナから期待はしていませんでしたが、

〝お風呂に入っていると直ぐにお湯が止まり水になる〟のはほんとに切なかったですね(笑)

あと、こっちから主張しないと安いホテルはバスタオルも交換してくれないの〝ガンガン言いたい事は自己主張〟をしましょう。

『Wi-Fi環境』はホテル内なら整ってるので、壁に貼ってあったパスワードを使いログイン出来ました。

また現地に着いてすぐに目に付いたのは、

宿泊・商業ビルには必ず盗難防止の見張り役的な『ハウスキーパー』がひとり以上は常時滞在しており、そのビルの利用者には門限があるのです。(高級な三つ星ホテルはまた別ね)

なので門限を過ぎると、出入りのドアを鉄製のぶっとい鎖と南京錠で『施錠される』ので、

ぼくは〝居酒屋〟という仕事柄いつも帰るのが夜中になりホテルのロビーに無造作に設置した簡易式ベッドの上でスヤスヤと寝てるハウスキーパーの青年を〝ドアをノックして起こしてから鍵を開けてもらい毎日帰宅〟していました。めんどくさーー!!

この点ひとつみても『盗難の犯罪率が高い』のはもうお分かりかと思います。

ぼくは疑り深い性格をしているのでホテルの金庫も信用ならないと、自分のパスポートや現金のほとんどは『会社の金庫』に預けてましたね。

次に、ベトナム人の『宗教』は、

『仏教徒』のひとが一番多いなと感じました。なぜならどこのお店に入っても『祭壇』があり、飾り立てられお線香の匂いがよくしてたからです。

今年の1月にオープンした『お富さんハノイ店』の際にも開店前はこうやって〝商売繁盛〟を願い、フルーツやダミーのお金を用意して現地のスタッフと祈願したものです。(お坊さんは特に呼ばなかったな)

そして生活していく上で一番肝心な

『食に関する事情』ですが、

〝カフェ文化〟が根強いらしく、至るところでお茶や軽食を楽しむひと達を見かけましたね。ぼくはお店の『まかない』でほとんど食いつないでいたのですが、現地スタッフは〝お鍋をするのが大好き〟ですね。

大きな業務用の鍋にお肉を焼いて、野菜はそのままドサっと入れた『水炊き鍋』がかなりの頻度でテーブルに用意されてました。

ベトナムには生鮮食品を運ぶのに適してる〝冷蔵庫を搭載してる車両〟がまだほとんど走ってないので、

逆に『肉と野菜』は採れたて新鮮なものがよく手に入るという〝逆転現象〟が起こり、ほんとにものが良い食材がとても安価で仕入れられました。

そんな水炊き鍋を器に取り分け、〝唐辛子を千切ってそのまま〟入れたり(辛いのが好きなひとがとても多い)

〝現地のお醤油〟で味付けして食べるのがほとんどでしたが、ぼくにはちょっと味が物足りなく感じたので

何でもかんでもこの『チリソース』をかけて食べてましたね(笑)

お米は『タイ米』に近く、日本のお米と比べるとボソボソっとした食感でおいしくない。

『お水』はもちろん水道水はそのまま飲めないので、ミネラルウォーターのペットボトルを常備して飲んでました。

『道路の交通事情』は、

〝原付バイク〟が市民の足として圧倒的に多いのですが、日本の自動車メーカーである

『YAMAHA』『HONDA』が市民権を勝ち取ってるようで、他メーカーの原付バイクはほとんど見かけなかったのは日本人として誇らしかったですね!

日本からの輸入車よりベトナム製のバイクの方が安価で買えるだろうし、それだけ『性能が良いと認められている』という証拠になるのですから、とても鼻が高くなるのです。

しかし『交通ルールやマナーについて』は、

お世辞にもとても良いとは言えませんね。歩道を歩けば〝ニワトリ〟が放し飼いにされてたり、その辺に犬のウ◯コがよく落ちてるのでベトナムを歩く際には『上ではなく下を向いて歩く』のをぼくはおすすめしたい(笑)

そして、車道は〝割り込み運転の嵐〟だと理解したいところですね。もう運転してるみんなが〝我先にと〟あたまを突っ込んできます。なので、クラクションを鳴らす音があちらこちらから絶え間なく聞こえてくる。

また当然そうなると『コツン事故』が多発するので、道路沿いで事故の当事者同士がガミガミと口喧嘩してました。←ネタではなくマジです

『夜のお酒が飲める屋台事情』は、

めちゃくちゃ安いですね。大の大人が散々飲み食いして〝千円〟くらいで済みます。でもぼくは結果として大丈夫でしたけど、よくお腹を壊すひともいるらしいので〝自己責任〟でお店を選んで下さい(笑)

お客さまの前でも平然とお店のスタッフ同士が口喧嘩を始めるとかあるけど、この〝昭和感がある雰囲気〟はとても落ち着けました。

ベトナムに限らず、『まだ発展途上の国』というのは〝どんな先進国も一度は通った道〟をなぞるのだとぼくは思います。

仕事帰りに屋台に寄って、

ちょっとゆるいビールに氷を入れてカンパイすると、どこの国でも男のひとは『仕事』の事について〝ああでもないこうでもない〟となぜか話しますよね?ウケる(笑)

日本では、〝少子高齢化〟から『労働力不足』が慢性化して、どこのお店でもひとが足りてないとよく耳にします。

反対にこれから伸びる国には、

ある種の『熱さというかパワー』を感じます。サッカーの国際試合で自国のU23のチームが勝ち上がった時の街の盛り上がりようは、ほんとに凄まじかったですね。

日本ではこんな時に騒ぐのは一部の若者だけですけど、ベトナムという国は違いました。

正に子供からお年寄りまで、深夜なのに外に出て行き交うひと達とハイタッチを交わして、自国の代表選手の勝利に酔いしれていました。

普段はおとなしそうなひと達のどこにこんな〝情熱的な気持ち〟が隠れてるのかを目の当たりにして、ぼくは現地スタッフと一緒にいる安心感からかそんな光景をニコニコと眺められた。

ぼくがベトナムのひと達と一緒に働いていて感じたのは、

〝仕事をサボるひとは堂々とサボる(笑)〟

でも、こちらから歩み寄って言葉はあまり通じずとも『身振り手振りでゆっくりと教えると』言うことを聞いてくれましたね。

当たり前ですけど、相手はこちらの表情を見て何を考えているのかを察します。

どこの国だって、しかめっ面してるひとには誰も近寄らないよね??

たぶん『笑顔』とは、

〝世界共通語〟なのだと思います。だから慣れない国で働いてても、なるべくなら『自分のご機嫌取りはご自分で』セルフサービスのようにこなしましょう(笑)

それができたら、きっと向こうも笑顔で応えてくれる。

〝楽しい〟から『笑う』のではなく、

『笑う』から〝楽しい気持ち〟になれる。

®️スマイルトレーニング

そんな小さな事に是非とも気を付けたいものですね。彼女の笑顔はサイコーだったし一緒に働いていて癒されました。ありがとう。

またまた急にベトナムに飛ばされる事になりました

本日はもちろんこの話題〝ちばアクアラインマラソン2018〟が地元である『木更津市』で開催されたのですが、ぼくのいるお富さんは37㌔地点に位置してました。

店舗すぐ目の前にある道路がコースになっているので大会当日のランチ営業の売上は必然的に下がりますが、滅多にあるものでもないし〝楽しんだもの勝ち〟と言わんばかりにお店がヒマなのをいい事にお店のスタッフと応援していました。しかもぼくの他にお店の人間が3人も横並びになってるしね(笑)

あったかい日差しの中のんびり応援するぼく達の目の前を通り過ぎるとゴールまで残りわずか約4㌔地点なのですが、もはやアクアラインマラソンの『名物』となった清見台の長い坂は〝心臓破りの二段坂〟と呼ばれ、ランナーのひと達にとってはいわば『最期の難所』となっているのです。

ここまでの道程で多少は高低差があるコースを走っては来たものの最期の最期にこの急な坂は走らずとも『めちゃくちゃキツい』のは誰の目にも理解ができました。

そんな〝心臓破りの二段坂〟をすぐそこに控えたお富さんの目の前のコースを警察車両の白バイに先導されたチバテレの中継車が通り過ぎ、いよいよ『現在一位通過する選手』を沿道のひと達とわくわくしながら待っていると、、

最初に現れたのはピンクの髪をなびかせ颯爽と沿道のひと達の応援に応えて、手を振る余力を残す『セーラームーン』に扮したランナーでした。(嘘です)

でもこの『コスプレ』をして走るという発想をしたランナーのひと達はやはりその見た目が特徴的なので、応援する側の目を引きやすく『◯◯がんばれ〜』という風にみんなの声援を集めてましたね。

キツいはずのマラソンを〝楽しみながら走れる〟のは日頃している練習の成果の賜物でしょうし、更に見るものにも〝楽しんでもらいたい〟という心のゆとりの表れかと思います。

そんな心の広いランナーのひと達を沿道から応援していると〝ある一本の電話が〟がその場の和やかな雰囲気とは合わない場違いな電子音がする着信音を響かせました。

その電話のお相手は当社の社長からで、

『来月の頭くらいにベトナムでスーパーをオープンするから(手伝いに来なさい)』

との事でした。。相変わらずの急な無茶振りですよね。今回のオープンはお富さんではなく親会社のスーパーマーケットの方だし『何食わぬ顔をしてスルーしよう』なんて考えてましたが〝そうは問屋が卸さない〟となりますよね。ええ、何となく予測はしてましたよ。

というわけで、ベトナムの首都『ハノイ』があるキンマー通りの大きな池がある大体〝このへん〟でスーパーをオープンするので、お近くに来た際にはお弁当でも買って下さいね!というステマでした。

大人になってから改めてプロレスから学ぶエンタメ要素

〝何となくつまんない〟と理由からめっきりテレビを見なくなり昨今のテレビ事情は全くわかりませんが、ぼくがまだ子供の頃は夕方くらいになるとよく『プロレス中継』が放送されていた。

まだ晩ご飯まで少し時間があるので、おばあちゃんが用意してくれるせんべいなどのお茶菓子を片手に〝ワクワクしながらテレビにかじりついて見ていた記憶〟があります。

そんなブラウン管だった頃のテレビ画面には、カラフルな色のマスクをした覆面レスラーや顔にいかにも悪そうなペイントを施した大きな体をした外国人レスラーが所狭しとリングの上を駆け回り、だいたい〝最後には正義の味方っぽいレスラー軍団が勝つ!〟という日本人がいかにも好むような『水戸黄門的な要素』があり勧善懲悪が分かりやすく子供なりにとても楽しめた。

そんな『プロレス』というエンターテイメントを自身のお店で5周年感謝祭というイベントの際に木更津市で〝無償で提供〟してくれたのが、バウムクーヘン専門店

“せんねんの木”の名物社長『曽根 アキーラ』君でした。いま足を負傷してるので、ポーズを決めてもなんか弱そうだけどね(笑)

普通は大人になるに連れて、できる事とできない事の〝線引き〟を明確にする様になり子供の頃の憧れなんて忘れてしまいますよね。それを『実現化』するのは、同い年なのもあり素直にすごいと思う。

それに当たり前だけど、これだけ地元のミュージシャンやプロレス団体のひとを呼んで特設リングまで設置したら、けっこう『お金』かかりますよね?〝抽選会〟で当たるプレゼントの協賛品の多さも彼の『人望』の一端を示していました。

いつの頃からか〝プロレスは八百長だ〟なんて卑下する風潮があるのは知ってましたが、あんなに体の大きいひと同士が本気でやり合ったらどっちも怪我をしてしまうのは当たり前ですし、何よりひとが怪我をするのを見て『お客さまは心から楽しめない』のでショーとしてのプロレスは手加減や事前に打ち合わせがあって〝当然〟かと思います。

実際に久しぶりに見た『プロレス』をぼくはお世辞抜きにしても楽しめたし、すぐ近くに座っていたチビっ子たちの『がんばれー』という声援に今の時代でも充分に通じる〝エンタメ〟なのだと感じましたね。子供たちが生でプロレス観戦をするなんてそうはない機会だろうし。

暴力的行為を子供に見せるのは〝教育上あまり良くない〟と考える親御さんも中にはいるかもしれませんが、プロレス中継を子供の頃にブラウン管テレビで見ていたぼく達の世代は普通に育ちましたから(笑)ただの考え過ぎかと思います。

そんなプロレス大好きアキーラ社長の〝せんねんの木〟では、覆面レスラーばりにカラフルな『ハロウィンバージョンのバウムクーヘン』がこの時期に合わせてショーウィンドウに並べられているので是非とも行ってあげて下さいね!

ぼくが働くお富さん太田店からも近しですし(笑)というステマでした。

継続した投稿とはただの日常の一コマである

毎日投稿しようと思ってはみたものの、ほとんどのひとがまず始めにつまづくのが、そんなに『投稿するネタがない』というのを聞いたことがあります。

しかしインスタ映えする写真を撮りたいが為に、毎日どこかで外食をしたり、良い景色が見える場所まで毎日何10分もかけて出掛けるひとはそんなにはいませんよね?

【自分に無理をしては何事も続かない。】

それなら〝日常の一コマを投稿すればいい〟かとぼくは思う。でも、あまりにそのまま過ぎてもつまらないので『言葉にちょっとだけ編集をかける』だけでいいんです。

男性の方なら月に一度は床屋さんに髪を切りに行きますよね。それだって髪を切るのが『目的』であって、投稿はその『ついで』だと考えれば、肩の力を抜いてもっと〝SNSの位置付けを生活の身近に置ける〟ような気がします。それにしても前髪うざーー!!

職場にて髪を切った後の写真を投稿したのですが、その際にひとからのコメントを引き出しやすくしたいのなら

〝ツッコミどころという余白を作る〟

と意外とコメントをもらえます。この投稿では、せっかく髪を切ったのに職場のひと達に『気付いてもらえない』という〝隙をあえて作る〟ことにより、それを見てくれたひとにコメントしやすいよう〝導線を引いて〟みました。店長なのにお店では『村八分』にされてるとかね(笑)

ぼくがSNSを使い始めた頃に教わったのは、

【SNSの本質とはコミュニケーションを楽しむものである。】

なので、たとえご商売で活用されてたとしてもあからさまに『買って下さい!』みたいな投稿ばかりでは、見てくれたひとに嫌煙されるのは当然なんです。

そして実際にお店にきてくれた『友達のような大切なお客様』とテーブルで話す際に〝相手が最近どんな事をしているのか〟を把握していたいのなら、普段からその『ひとの投稿を見ていなければ分からない』ですよね??

時間がないからと〝自分の投稿をしたらおしまい〟ではコミニュケーションが取れる訳がないのです。

そしてぼくは仕事柄よく包丁を研ぐのですが、もちろんその『目的』は切れ味を維持したいからなんですけど、『文章を作成する精度やスピード』もこの包丁を研ぐという行為に当てはまると考えています。

スマホやパソコンを使い作る文章も普段から毎日打ち込んでいないと不思議と〝うまく書けなくなる〟ものなんです。

あなたの会社でも、短文の資料作成にやたらと戸惑っている同僚や、友達に送るLINEの文章をひとつ作るだけなのにやたらと時間がかかるひとっていませんか??

だから毎日投稿する意味は、ひとに忘れ去られない為だけではなく『文章力を維持』する為にも必要なので続けた方がいい。

そんなわけで(どんなわけで?)

#床屋女子にも人気の富津市にあるぼくが通っている“じゅうべえさん”がやってる床屋さんはこちらです!というステマでした。

愉しげな場所にひとは自然と集まる

こんな見出しのタイトルですが、誤解のないようぼくは決して人当たりの良い明るい性格なぞ全くしておらず、どちらかと言えば〝人見知り〟の部類の人間である。

SNSをやっているとたまに〝誰とでも仲良くなれる〟みたいな風潮がありますがそれはただの『誤った認識』ですので、たとえ以前からネットで繋がりがあっても初対面で〝いきなり馴れ馴れしくされる〟のはぼく個人の意見としては苦手です。

実社会でもネットでも人間関係とは〝お互いに相手を尊重〟するところから入らないと、あらぬ方向に受け取られる事が多々あるので気を付けたい。

そんなハッキリとした性格のぼくがやっているお店でも、お客さまと『緩やかに関係性』が築ければとても楽しく仕事ができるようになったのはSNSの利点の1つかと思います。

でも、当たり前ですが忘れてはならないのはお店側が提供するあらゆる商品やサービスに対して『代金』を頂いたのなら、それだけでお客さまに感謝しなければならないという点ですね。だから、無理にSNSに投稿してくれなくてもいいんです。来てくれるだけでほんとに有り難い。

あくまでもお店が継続できる『原資』は、SNSで繋がりのあるひとだけでなく『一般のお客さま』がご来店してくれるからなので、

〝商売をしている人間なら〟

タイムラインに流れる投稿を眺めながら、自己中心的で浅はかな勘違いをこじらせて〝あれ?ぼく(私)ってSNSでちょっと人気が出てきたかも??〟などとアホ丸出しで調子に乗ってると必ず足元をすくわれますよね??

【来てくれたお客さまのご要望を最優先する】

決して忘れてはいけないのは〝そこ〟かと思います。お客さまに『こうして欲しい』と言われたなら〝即時に対応〟する。そんな事を繰り返していたらお買い上げ頂いたお客さまの方から

〝ありがとう〟と感謝の言葉をいただける

とても恐縮ですけど、素直に嬉しいものです。そんなお声をより近くで感じられるのが、

お店の人間がSNSをやっている〝最大のメリット〟だとぼくは考えています。だってめちゃくちゃモチベーション上がりますからっ!!

『目的』をどこに据えたいのか??

それが『明確』に見えないのなら、年間予算を組んでSEO対策に強い業者さんに丸投げして〝Google検索〟の上位に自分のお店が上がるように『経費』を使った方がよっぽど効率的で自分の使える『時間』も増えるかと嫌味ではなく本心でそう思います。

自分から誰かのために『楽しめる』心のゆとりと、継続して発信する〝少しの覚悟〟がなければ商売人はSNSなんてやらない方がいい。なぜなら、ひとの目に触れない〝非生産的な部分〟がかなりを占めるので。

でも、それさえ乗り切れれば『楽しい』という〝感情が連鎖〟していきます。色んなひとがお店に来てくれて、あーでもないこーでもないと言い合えるたわいも無い時間を〝共有〟できる『体験』をみんなでできる。

『誰に向けての発信なのか』を常に自問自答していれば、自分が一体どうしたいのか?自ずと【答え】は見えてくる。

あなたは『誰に』喜んで欲しいのですか??

SNSにおけるヒット商品の作り方

ぼくは自分の考えてるやり口をなんのためらいもなくすぐに『種明かし』できるのは、どんなテクニックや手法もすぐに調べられる時代だから。

だったら、それが古くなる前にその理解度をより深めるためひとに説明できるレベルまで掘り下げたいと常々考えているから自分の〝実体験〟も絡めてこうしてブログにも書いているわけですね。

さて、連日のように繋がりのある『友達のような大切なお客さま』がわざわざラーメン屋でもないのにお富さんに足を運んで、〝痺れる麻婆坦々麺〟を食べに来てくれるのはなぜでしょうか??

結論から言うと、

ぼくとそのお客さまとの間には『関係性』が構築されているからなんです。

もしあなただったら、家のインターホンが鳴り玄関のドアを開けてみたら〝全く知らない〟スーツ姿の営業マンにいきなり商品の売り込みをされたらどう思いますか?

ほとんどのひとは〝買わない〟という選択肢を取ると予想できるのに対して、

すでに相手と親しく普段の発信からどんなものが『好き』で、何に『興味がある』のかがわかる人柄のひとが新しい商品をお店で始めたら『確かめたくなる』気持ちが湧きませんか?

そう、『買ってください!』ではなくて、ひとは自分から興味を抱いたものに対して〝確認作業〟をしたくなる心理が働くのです。

例に漏れずその心理はぼくにも当てはまり、『松茸のような和菓子屋』があるとSNSを通して知れば、仕入れに行った際に〝確かめてから買い物カゴに入れる〟もちろんぼくはその和菓子を買ってなんて誰にも頼まれてはいない。

【日々の発信を通して興味を持ってもらう】

遠回りのようで実は『一番の近道』とは、コツコツと信頼を積み重ねるしかないのです。

それに自分から相手に対して『興味』を示せるなら自然とその相手のことを『知りたくなる』のが人間というものですよね??

〝ひとに興味を持てる人間になりましょう〟

だからといってSNSのタイムラインに流れる投稿に片っ端から『無機質ないいね』を繰り返し、ただ機械的に押していっても何の意味もありません。

ちゃんとにそのひとの言葉を自分なりに読み解き、一体どんなことを考えてるのかを想像してみるのも有りかと思います。それで時には『コメント』をして相手と楽しく絡んでみる。それだけです。

そしていよいよ明日は水曜日なので、毎週水曜日恒例のお富さんオリジナルのオニオンステーキソースがたっぷりとかかった『牛ステーキ丼』を日替わりランチで販売するのですが、お持ち帰りのパック代を100円プラスするだけでテイクアウト専用の

【牛ステーキ弁当】

を始めますので、ご自分の分だけでなく大切なパートナーやお子さんの分も。はたまた、隣りの家に住むおじいちゃん・おばあちゃん用に。どうぞよろしくお願いします!!というステマでした。

『楽しい』とか『嬉しい』という感情は〝緩やかに連鎖〟していく

iPhoneやスマホの登場によりほんの少しの〝スキマ時間〟でも仕事をすることができる現代では、何より『時間』をどう活用するかが重要視されています。

お金はそれなりに貯蓄しとけば安心ですが、こと『時間』だけは貯めたり、後で払い戻すというのができない。

それでも自分の時間を使いお店までわざわざ来てくれて、自分が食べたり『体感』したことをSNSにのせて自分の身近なひとやフォロワーと〝共有〟してもらえる事は、とても有り難いことなんです。

『SNS消費』という造語ができて既に久しいですが、ネットの中で語られる商品開発やそこで働くスタッフがお店の顔役になれば、売上が右肩上がりという風には単純にはいきません。

むしろ、インターネットで調べものはするがSNSを通してお店のひとと仲良くなるお客さまは〝全体の客数の0.1割にも満たない〟という『自覚』をした方がいい。

そんな事実を知りながら〝なぜSNSを続けたいと思うのか?〟ということに着目したい。

冒頭でも書きましたが、どうして貴重な時間を使ってまでそんなに売上には直結しない行為を続けるのかをちゃんとに腹に落としていないと、〝限りある時間をドブに捨てるようなもの〟になってしまいます。

現代人はそんなに『ヒマではない』のです。

ぼくに限ってのことかもしれませんが、

『自分が楽しいと思うから続けられる』

という何とも子供じみた理由からなのですが、楽しくやれなければつまらないし続きませんから。

ぼくは“九州ラーメン 友理(ゆり)”に行くとラーメンと一緒によくギョーザを頼むのですがその際には、マサさんが仕込む『友理の高菜』をのせて、後は何も付けずに食べるのが好きなんです。

関係ないひとからすれば、『だから何??』で終わってしまう話しなのですが、ぼくはSNSを通して、マサさんがザクザクと高菜を仕込んでいる作業風景をよく目にしている。

だから『高菜がより一層おいしく感じる』のです。なのでぼくは食事をしながら『こうやって食べるのも有りですよ』とSNSにその食べ方を流す。それを見てくれたひとが興味を持ってくれて、同じ食べ方をしてくれたら嬉しいなぁなどと考えながら。

メリット・デメリットの価値観で考えながらやるのではなく、自分にとっての『好き』とか『楽しい』を拡散して誰かに〝共感〟してもらう。

そんな捉え方でぼくはSNSを使用している。

もっと『影響力』を持ちたいとか、事実よりも言葉に尾ひれを付けてひとに『よく思われたい』とか考えながら、SNSを続けていても結局はバレますから(笑)肩の力を抜いて続けた方がいいに決まっています。

どんな発信の向こうにも

必ず見てくれているひとがいます

なるべくなら見てくれたひとが喜んだり

ふと、楽しい気持ちになれる

そんな発信をこれからも続けていきたい。

いい『仲間』が欲しかったら、まずは自分が『いいヤツ』になろう。

時にはネットで自分の置かれた状況に〝不満〟をこぼしても、それを拾ってすんなり受け流してくれる。

普段はそんなに会ってなくとも、SNSで繋がりお互いがいま何をしているのかをそれとなく気にかけてくれている。

だから、ぼくは自分の時間を費やしてもSNSを続けていられるのです。

ひとの『揚げ足を取ったり』いつも自分の中での常識や正義みたいなものを振り回して、同調圧力から形成される取り巻きと一緒に『特定の誰かを攻撃する』そんなSNSの使い方をしているひとを見ると、とても残念な気持ちになります。そうはなりたくはないし、無自覚にそうはならない様に気をつけたい。

海老チリ食べてまずは自分を満たさないとね

以前のブログ記事でも書いたのですが『他喜力(たきりょく)』についての追記みたいな内容になります。

ぼくはよくツイッターのタイムラインを眺めながら気になるひとのツイートをチェックしているのですが、

やはり、自分の考えてることを文字に落とし込むのが上手いひとはとんでもなく『ひとに伝わる文章』を書くので、自身の勉強も兼ねて読ませてもらっています。

そんな気になるツイートのひとつに

〝他者を満たすには、自分を満たすことから〟

という言葉がありとても『共感』できました。

つまり何事も『起点』はあくまでも〝自分を満たすことから〟でなければ、ひとに〝与える〟なんて無理ってことですね。

〝見返りを求めず相手のために〟なんてペラペラな言葉は、

たぶん『自己犠牲の精神からではなく、ただの歪んだエゴイズム』かなとぼくは考えてます。

それは〝◯◯してあげているのに〟という底の浅い思考の裏返しなので、相手が応えてくれないと『すぐに不満に感じる』その程度のものかと思います。

先日は家族で、“チャイニーズバル杏花(しんふぁ)”まで食事に出かけ、ぼくはいつものように大好きな『尾付き海老のチリソース』をつまみながら生ビールを飲んでいた。

うちの子はまだ小さいので辛いものは当然食べれないので『鶏白湯麺(パイタンメン)』をオーダーして、それをおいしそうにすすっていました。

家族で囲む食事のテーブルひとつにしても、

各々が満足できなければ

〝誰もしあわせな気分にはなれない〟のです。

誰かの為に何かをしてあげるのではなく、

それをした結果こんな『体験』ができたとか〝自分にもメリット〟がなければ、それはつまらないし、もちろん続かないですよね。

“クロワッサン木更津店”のレジに並んでいる時に『焼き立てのパン』と交換しましょうか?と声をかけてくれたお姉さんは商品だけでなく『気づかいというサービス』をお客さまに提供してくれて、

その『結果』ぼくは、モチモチのあったかい焼き立ての〝明太フランス〟のおいしさとこのお店を選んで良かったという『満足度』を受け取ったのです。

【双方が納得して満足をする】

何事もそんな関係性がベストですよね。それにしても、なぜ普段は牛乳を飲まないのにパンを買う時にはいつも一緒に手に取ってしまうのだろうか…(笑)

というステマでした。