【原爆投下74年目】ほとんどの日本人が知らない大東亜戦争

お富さんジミーのブログ

令和元年8月6日。

広島への原爆投下から74年が経ちました。当日は広島市原爆死没者慰霊式並びに平和記念式が挙行されます。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りすると共に、世界恒久平和実現を祈念し、午前8時15分から1分間の黙祷が行われます。

いきなりですけど、ぼく自身の考えでは人間が生きてく上で最も大切な時系列は「いま」を指すと思っているし、起きたことを変えられない「過去」やこれからどんな事が起きるかわからない「未来」を憂いていても仕方がありませんよね。それでも日本人として忘れてはならない「過去」もあると思う。

〝戦争〟をタブー視する風潮

学校で歴史を学ぶ時に日本人が最後にその当事者として関わった戦争「太平洋戦争」という言葉を必ず目にした事がありますよね。それでも〝大東亜戦争〟はあまり馴染みのない言葉かと?

なぜなら、欧米諸国によるアジアの植民地を解放し大東亜共栄圏を設立してアジアの自立を目指す。という理念と構想を元に始まった大東亜戦争がアジアの植民地の宗主国を中心に構成された連合国側にとって都合が悪かったため、終戦後にはGHQによって「戦争用語」として使用が禁止されたからである。

しかし不思議なのはGHQの指定は失効してる現在においてなおこの言葉がタブー視され、ほとんどの国民が知らない・または興味を示さないように教育をするのかは疑問でしかない。

ご先祖様に〝感謝〟をして思いを馳せる日

ここでぼくが言いたいのは現在の歴史教育がどうこうではなく、ぼく(わたし)達のご先祖様がこの日本という国を守る為に戦ってくれたから今の生活があるという「事実」です。

テレビをつければ悲惨なニュースもよく目に飛び込んではきますが、皆それぞれ今日食べるものの心配をする事もなく人間らしい生活を営めているのを「当たり前」だと思えるのはとても豊かさに恵まれた国に生まれたからだと大人になってから感じられるようになりました。

そしてそれは先の大戦で敗れたはしたものの欧米諸国の「植民地」にならなかったのは一体誰のおかげでしょう?

もうここまで言えばわかりますよね。

政治的〝思想〟なんていらない

残念ながらこの時期になると、知った顔をしたどっかのコメンテーターとか政治家があれこれと手前勝手な持論をテレビで展開してくるけど、結局は自分が所属するコミュニティや後援者へのパフォーマンスでしかないのはネット社会では筒抜けになる。「それをして誰が得をするのか?」という視点を持てば、大元を辿るのは現代では一般人でもそんなに難しい事ではないのです。

そんなくだらない脚本の決まったプロレスを見るよりも、片手に収まるスマホ1つあれば日本人が戦争にどう携わったのか誰でもその気になれば調べられますよね。でもその際に気を付けてほしいのは〝共感し過ぎない〟を意識して情報を収集するのが良いかと思われます。日本人なのでやはり日本びいきの視点でモノを見てしまうのが人情なのでそこは気を付けたい。

それでも海外で自爆テロを指す用語に「カミカゼ・アタック」と外国人に呼ばれるのは個人的にはとても遺憾です。

戦争で自分から死にたい日本人なんて1人もいません。なのに、ご先祖様が必死になって戦ったのにも関わらずその末裔のぼくら日本人もまるで後出しジャンケンみたいに「国がそうさせた」だの「軍隊教育で洗脳した」とかね…ありえない話だけど、当時のカミカゼ特攻隊ご本人を前にしてそれと同じコトをあなたは真顔で言えますか??

ぼくは実際に広島の平和記念資料館へ行って展示されていた資料やジオラマを見たり、ネットで特攻隊員さんが自身の親に向けた手紙を読んだ経験があります。そのほとんどが自分を産んでくれた母親に向けての内容で感謝の言葉を綴っていたのを記憶しております。日本人としてとても悲しい「事実」があった事を自分の言葉で子供に伝える必要性をひとりの親としてぼくは感じるから、うまく言えるかわからないけど自分の子供には伝えます。ちなみに終戦の日である8月15日はぼくの地元木更津市の花火大会でもあり、毎年こうやって平和に家族で花火を見れるのは感謝でしかない。

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