ヒントはいつでも日常にある

お富さんジミーのブログ

どうにも毎日仕事をしていると似たような〝ルーティンワーク〟になってしまう。かと言ってひとは『変化』をあまり好まない。ハッキリ言って〝めんどくさい〟からである。

人間とは誰しもが大なり小なり〝身勝手〟な習性があり、自らが好んでするコトは嬉々としてやり、つまらないコトは〝後回し〟にしたがる。例えば『旅行』の準備などはワクワクしながら夜中でも荷造りをし、何時間もかけて目的地へと向かうが、家から車でたったの数分の距離にある『歯医者』には行きたがらない(笑)

それでも地球は自転を繰り返し、腕時計の秒針は休む事なくチクタク・チクタクと時を刻み続ける。

今時アナログかもしれませんが、ぼくは毎年『システム手帳』を購入し常にカバンに入れて持ち歩いている。

会社の会議や業者さんとの打ち合わせのスケジュール以外では『こうなって欲しい』という〝小さな願望〟やSNSで繋がりのあるお客さまがご来店すると各日付のページにある時間軸の欄に『お一人づつ』その名前を書き込んでいる。(意外とマメなんです!)

見開きになっているページでは主に〝シール〟を目印として使い、誰かと会った日はすぐにわかるようにしている。あ、ちなみに使用しているシールに深い意味はなく〝なんとなく〟で決めています(笑)

パッと見てもペタペタとよく〝シール〟を貼っていますよね。それだけ職場の内外でたくさんの『ひとに会っている』のを意味していることになる。そうなんです、いつもの日常に『変化』をつけたければ〝誰かと会う〟ことを強くオススメしたい。

ひとに会うためには会社(お店)から自分の体を空ける必要があるが、ビジネスパーソンは誰しもが『いま時間がない』と班を押したように同じことを言う。

でも、それって『いま』ではなく〝いつもの〟自分なりのペースを乱したくないと言うのがほとんどの理由だ。

ぼくの仕事は飲食なので、休憩時間になると黙っていても〝まかない飯〟が出てくるが、なるべくなら外に出るようしてる。それはいつもと違う『環境』に身を置いて、全身の毛穴を開くように〝肌感覚〟で自分のお店のビジネスモデルの『ヒント』になるものがないか探しているから。

お富さんはお寿司や刺身など新鮮な海鮮料理が〝一番の売り〟のお店なのに、ぼくの考案した『痺れる坦々麺シリーズ』のオーダーをお客さまから有り難いことによく頂いております。お店を切り盛りしていくのなら『結果(売上)』〝獲り〟にいくしかないよね??

お店がヒマだとスタッフの〝人件費〟が重く経営にのしかかってくるのはどのサービス業でも一緒だ。だから『仕事』をお客さまから与えられるのを〝待つ〟ではなくこちらから『作り』にいく姿勢が必要だ。

ヒマな時に何もせずただその場に突っ立ってるだけでは〝1円の生産性もない〟のです。

でも、ここで『勘違い』してはいけないのは、ひとに会うのも仕事だからと一方的にこちら(自分)が思っていてもスタッフからしてみれば、ただの息抜きや〝遊び〟に見られてしまう誤解を大いに孕んでいる一点だ。

『また店長どっか行っちゃたよ?』てね(笑)だから定期的にその成果をお店で目に見える『カタチ』でスタッフに示さなければただの〝遊び〟に格下げされてしまうのです。怖いよね〜!!

つい先日、カウンターにぼくにとって大切なお客さまが来てくれました。その際に座ったカウンター席は、店舗の作り的に出入り付近にあるので『寒かったかな?』と少しでも思えば〝ブランケット〟をその足で直ぐに買いに行く。その『ついでに』そのまま近所のお店に顔出しがてらおいしいラーメンを食べに行っても、結果としてはスタッフにラーメンを食べに行った〝だけ〟だと映るかもしれない。そんなもんです。

だけど、ぼくは次にその大切なお客さまがまたカウンター席に座るようならその時に買ってきた〝ブランケット〟を差し出すことができる。どちらも『結果論』だけどね。

余談ですが、しまむらで選んでる際に『ディズニー』のブランケットより『スタジオジブリ』のブランケットの方が1.5倍くらいの値段設定だと気付き、ひとりで〝まっくろくろすけ〟めっちゃ高かーーっ!と心の中で叫んでいたのはここだけの秘密です(笑)

ぼくは毎日毎日いつも通りまな板の前で刺身を切り付けてそれを盛り付ける。それは単なる〝作業〟ですが、先ずは自分でも『おいしそうだな』と思えるものをお客さまにご提供したいと考えています。

自分より〝他者満足〟という価値観がもてはやされているように感じますが、その〝大前提〟において『先ずは自分を満たしましょう』って思うんですよね。

大切なお客さまがいたのなら『自分から』こうしてあげたいと思えるマインドにならないと結局は〝見返り〟ありきで行動してしまうものです。

例えば料理の味だったり、どんな事柄であれ最終的な『評価』とは第三者が決めるものだけど、自己評価の軸まで〝他者〟に委ねてしまうのは良くないよね??

ひとの意見に耳を傾けつつも『ブレない芯』がなければ、その都度どうしたら良いかわからなくなってしまうのはメンタルティの〝泥沼化〟過ぎる(笑)

たぶん〝答え〟なんてその時々の条件や環境によって変化する『味付け玉子』のようなモノである。

タレの味がよく染みてて『うまいっ』ていうひともいれば、味が濃過ぎると〝嫌がる〟ひといるかもしれない。断面の黄身の色を見て『おいしそう』というひともいれば〝半熟はちょっと…〟と食べないひともいる。

答えをひとつに絞らずに『シンプル』に軽やかに肩の力を抜いて〝生きたい(働きたい)〟ものだぜっ!(突然の『ぜっ!』)

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