人生はチョコレートの箱のようなもの

ひとは誰しも自分の中でとても大切にしている〝価値観〟があると思いますが、それが一体何なのかはそれそこ十人十色である。また相手の思考を注意深く観察せずともシンプルに〝肌感覚〟で『あ、この人とは気が合いそうだ』と感じる時もありますよね??またその逆もあるけど。

ネットとリアルの境界線はどんどん曖昧になり『コミュニティ』の形成がこれからの時代を歩いていく上で重要になるとは〝実感〟はしてますが、なにぶん気分屋なのでひとつのコミュニティに帰属するのは嫌なんです(笑)

それでも、先日は週に一回のオフ日に家族で食事に出掛けるまでの時間がポッカリと空いたので年始のご挨拶も兼ねて富津市新舞子の海岸近くの森の中にある素敵なカフェ

“Cafe GROVE”

まで行ってきました。まるで『ジブリ映画』にでも登場しそうな雰囲気のあるお店なので、是非ともおすすめしたい場所のひとつですね!

ただコーヒーを飲みたい〝だけ〟なら、カフェに限らずファミレスでも最近のコンビニのコーヒーだって安価なのにそれなりに美味しいコーヒーが飲めます。

ましてこちらのカフェに一度でも行ったことのある人なら説明せずともわかるのですが、決して〝立地条件〟も良くはない。

車が2台とてもすれ違えないくらい細い道を数カ所も『頼むから対向車こないでくれよ』とある意味で念じながら、やっとさたどり着く場所にある。でも、慣れてしまえばそんなちょっとした〝プチ冒険感覚〟が楽しくもあり、森の中にあるテラスで飲むコーヒーは寒空の下でも格別に感じる。(もちろん店内はあったかいよ)

スマホのGoogleマップ上で衛星から見る実際の〝距離計算式〟には当たり前だが、そのデバイスを手に持つひとの『感情』までは表示されませんよね。だから実際は遠いのに『感覚的』には近く感じるという実に人間らしい〝バグ〟が生じるのです。

おいしいコーヒーとチーズカレーうどんを食べて体をあたためた後にこの時期しか買えない〝紅ほっぺのいちごマフィン〟を手土産に向かった袖ケ浦市にある老舗和菓子店

“奈良輪 豊月堂”

カフェから車で50分くらい離れた距離にありましたが、運転していて別に遠いとは体感として少しも感じないのが上記の〝バグ〟の好例かと思います(笑)

まあ、せっかく来たんだし『いちご大福』はちゃっかり家へのお土産に買いましたけどね。

『SNS消費』とは、

そんな面白おかしい〝矛盾〟を日常的によく起こしたりする。ぼくはと言えば、約2年前にフェイスブックを始めたのですがそれまで『近いから』という理由だけで通っていた美容室がありました。それが今では車で20分以上はかかる富津市にある床屋さんにもう1年以上は通っています。

〝決して効率的ではない〟

スマホの登場とインターネット環境の急速な発達で〝生活スタイル〟すら変わりつつある現代において、そのひとの持つ『持ち時間』はある意味〝お金〟よりも価値があるとされている。

稼ぐことつまり〝マネタイズポイント〟は後にズラして回収することも可能だが、一度消費してしまった『時間』はもう二度と払戻せないからだ。

それでもぼくは自分の時間と足を使い、

『会いたいひとには、自分から会いに行く』

好きな食べ物に置き換えば、どんなにおいしい〝ラーメン〟を出すお店があると見聞きしていても実際に食べてみなくては、どんな味かはわかりませんよね??

いくらネットが発達しても〝行動〟をしてる人間の〝情報〟の方が信頼度が高いのは、その精度において『実体験』に勝るものがまだ存在しないのも事実です。

その『場所(お店)』まで出掛けてみて、お店のひとと話してみたり、料理の写真を撮ったりすると〝体感〟として強く印象に残る。

ましてその時にした会話なんて〝再現性〟がないもので、そんな小さな積み重ねが人間関係において『信用』としてカウントされるのは昔も現代もそうは変わりません。

“愛彩畑” × “アトリエ ラルブル”

採れたばかりの新鮮ないちごをたくさん使った〝いちごミルクプリン〟があるよって教えてもらったら実際に食べに行けばいい。

やっぱり『信用』しているひとの〝口コミ情報〟はどんなグルメサイトより説得力があるので、どうしても気になってしまう(笑)

いくら付き合いやその他の事情で軽い気持ちでついた〝嘘でも〟それが『可視化』してしまうネット社会では、それがそのままその人の持つ『信用度』を下げるので、嘘をつく行為は〝デメリット〟でしかない。

お世辞とか抜きに『おいしかったな』と思えば、シンプルに繋がりのある友達に教えたらいい。

普段は飲んだこともないアップルティーの香りやその場にいる人たちが作り出す〝空気感〟みたいなものは、やっぱりお店に行ってみない事にはわからない。あとは〝人柄〟が良いひと(オーナー)だから頼まれなくとも誰かに紹介したいと思う。

あ、ちなみにぼく自身はすっごい性格歪んでますね。(内緒やでっ)

なるべくなら気の合う友達のような〝関係性〟のひと達と一緒に過ごすなら『楽しげな場所』にしたいと思う。〝同調圧力〟なんて存在しない、自分がフラットな精神状態でいられるように。

たぶん気の合うひと達との間には、言葉にせずともある種の『共通言語』が存在するのだと思います。それが〝いじめ〟に対してNoと感じることだったり、ガヤガヤとお茶をしてるだけなのに〝楽しい〟と感じる感性だったりする。

時には『対人関係』のちょっとした考え方のすれ違いからたとえ疎遠になったとしても、常に〝行動〟できる人間にぼくは『共感』を覚えます。

こっちから勝手に期待して、自分が思い描く相手の〝イメージ〟と現実に『隔たり』があると勝手に裏切られた気分になるとかよくあるパターンですよね(笑)

タイトルの言葉は、大好きな映画『フォレスト・ガンプ(一期一会)』(1994)冒頭シーンの台詞から取りました。

ぼくのママはいつも言ってたんだ。“人生はチョコレートの箱のようなもの。開けてみなければわからないのよ”って。

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