『楽しい』とか『嬉しい』という感情は〝緩やかに連鎖〟していく

iPhoneやスマホの登場によりほんの少しの〝スキマ時間〟でも仕事をすることができる現代では、何より『時間』をどう活用するかが重要視されています。

お金はそれなりに貯蓄しとけば安心ですが、こと『時間』だけは貯めたり、後で払い戻すというのができない。

それでも自分の時間を使いお店までわざわざ来てくれて、自分が食べたり『体感』したことをSNSにのせて自分の身近なひとやフォロワーと〝共有〟してもらえる事は、とても有り難いことなんです。

『SNS消費』という造語ができて既に久しいですが、ネットの中で語られる商品開発やそこで働くスタッフがお店の顔役になれば、売上が右肩上がりという風には単純にはいきません。

むしろ、インターネットで調べものはするがSNSを通してお店のひとと仲良くなるお客さまは〝全体の客数の0.1割にも満たない〟という『自覚』をした方がいい。

そんな事実を知りながら〝なぜSNSを続けたいと思うのか?〟ということに着目したい。

冒頭でも書きましたが、どうして貴重な時間を使ってまでそんなに売上には直結しない行為を続けるのかをちゃんとに腹に落としていないと、〝限りある時間をドブに捨てるようなもの〟になってしまいます。

現代人はそんなに『ヒマではない』のです。

ぼくに限ってのことかもしれませんが、

『自分が楽しいと思うから続けられる』

という何とも子供じみた理由からなのですが、楽しくやれなければつまらないし続きませんから。

ぼくは“九州ラーメン 友理(ゆり)”に行くとラーメンと一緒によくギョーザを頼むのですがその際には、マサさんが仕込む『友理の高菜』をのせて、後は何も付けずに食べるのが好きなんです。

関係ないひとからすれば、『だから何??』で終わってしまう話しなのですが、ぼくはSNSを通して、マサさんがザクザクと高菜を仕込んでいる作業風景をよく目にしている。

だから『高菜がより一層おいしく感じる』のです。なのでぼくは食事をしながら『こうやって食べるのも有りですよ』とSNSにその食べ方を流す。それを見てくれたひとが興味を持ってくれて、同じ食べ方をしてくれたら嬉しいなぁなどと考えながら。

メリット・デメリットの価値観で考えながらやるのではなく、自分にとっての『好き』とか『楽しい』を拡散して誰かに〝共感〟してもらう。

そんな捉え方でぼくはSNSを使用している。

もっと『影響力』を持ちたいとか、事実よりも言葉に尾ひれを付けてひとに『よく思われたい』とか考えながら、SNSを続けていても結局はバレますから(笑)肩の力を抜いて続けた方がいいに決まっています。

どんな発信の向こうにも

必ず見てくれているひとがいます

なるべくなら見てくれたひとが喜んだり

ふと、楽しい気持ちになれる

そんな発信をこれからも続けていきたい。

いい『仲間』が欲しかったら、まずは自分が『いいヤツ』になろう。

時にはネットで自分の置かれた状況に〝不満〟をこぼしても、それを拾ってすんなり受け流してくれる。

普段はそんなに会ってなくとも、SNSで繋がりお互いがいま何をしているのかをそれとなく気にかけてくれている。

だから、ぼくは自分の時間を費やしてもSNSを続けていられるのです。

ひとの『揚げ足を取ったり』いつも自分の中での常識や正義みたいなものを振り回して、同調圧力から形成される取り巻きと一緒に『特定の誰かを攻撃する』そんなSNSの使い方をしているひとを見ると、とても残念な気持ちになります。そうはなりたくはないし、無自覚にそうはならない様に気をつけたい。

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